国鉄鷹取工場(2)

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前回からかなり空いてしまいましたが2回目の今回は工場隣接の機関区(当時すでに駐機所みたいな感じでした。現在、コンテナターミナルになっている所)の話です。

国鉄鷹取工場(1)謎の電車編→
鷹取工場製D51第一号、王子公園の211は
こちら(パンダもいるよ)

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ターンテーブル、給水タンクもあり、EH10やEF60、65などと一つ目のDD13が憩い、その向こうに本線と駅が見えてます。
ちょうど181系の下り「しおじ」か「うずしお」が通過していくところ。
夢みたいな光景です・・・

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事務所の階段に上らせてもらいました
本線を行くのは65Fが牽く貨物。クも懐かしいですね!!

さて、ここにはもちろん蒸機も運ばれてきます。
工場へ入らず、ここにくる蒸機・・・どういう基準なのかはわかりませんが、まわりからも見えるので、何か入ったのを嗅ぎつけたハイエナMはいそいそとやって来るわけです。

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遠くまで行かずとも蒸機が撮れる、こりゃもう最高!!
初めて見たハチロク。この後こいつは奈良区へ、しかし友達は撮りまくってるのに私は一度も会わず終いでした

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前回にも登場した風呂沸かし疑惑のC11345
その横が検修庫(定かではないけどそう呼びます)

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姫路第一機関区で現役時代の345
姫一についてはこちら→

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情報があれば夜でも出動。機関区の方、ホンマごめんなさい
この311も姫路で会ったことがあります。その後、梅小路区を経て現在は甲子園の公園に保存されてるようです。

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さて、ある日のこと。
友達と二人で撮影に向う途中、何気なく電車からここを眺めてましたら、なんと機関区に見なれぬカマが・・・
私は思わず叫びました
「おい、今、C59おったぞ!! アレ絶対そうやで!!」
「えっホンマ? 当分おるやろから帰りに行ってみよう」
呉線で廃車、留置されてたやつが来たのかもと勝手に推測、時期的にあり得ない話ではありません。
実はC59以降の蒸機は見た事がない私。
帰り、ドキドキしながら急いで機関区へ向いました。

その機関車はすでに検修庫に入っていました。
ナンバーもメインロッドもはずされてます

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えーっ なにこれ? これC57か??

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そこにいたのはC57らしからぬC57でした

おわかりの方もおられると思いますが、このC57は201両造られたうち190~のラストグループ、4次型です。

どこがヘンなのか・・・見慣れたC57を思い出しつつ観察していると、後ろのDD13のエンジンがかかりました。
「やば、動くわ!」

ゆっくりと前進するC57190、このまま工場送りかと思いましたが、ちょうど庫を出たところでストップ。
なんとこれはラッキーです。

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おお、明るいところで見たら
なんか、
かっこええやないか!!

一般的に4次型の特徴とは、

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デフ先端ナナメ切り、フロントデッキの温め器カバー、プレート先輪(プレート先輪はこの時代結構見かけました。このカマは片方はスポークですね)、ランボードがコンプレッサー・逆サイド給水ポンプのところで切られず盛り上がってる、動力式逆転機つき、キャブがドア付き密閉式、船底テンダーなど

では各部のアップをどうぞ
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参考に2次型の156 違いがわかるでしょうか?

4次型は改造により原型を保ったものは少なかったそうです。本州ではこの梅小路区の190と亀山の198のみ(70年当時)。
このカマは集煙器をつけていた時代があり、煙突が短くカットされてます。そのため人気がイマイチだったそうですが、比較的原型を保った1両だったそうです。

私が電車内で気付いたのはデフとデッキ。そして集煙器のない姿でC59と勝手に確信したのでした。
それにしても印象は大きく異なります、やはりC59以降に見えます・・・といっても実物は見た事なかったのですが・・・

「もうええかー?」

職員の方がこっち向いて叫びました
「え?」
作業するのにジャマだからもう帰れというコト?

「はい  すみませんでした」

もう少し見たかったけど帰りかけると、なんとまた庫へ引きずりこまれていきました


もしかすると
私らのために
わざわざ陽の下に出してくれた!?
さらに写真見て気付きましたが、押し出したDD13は奥へひっこんでます

「もう、コイツは終りだから、撮ってやってくれ」

きっとそうだったんだ!!


ここ鷹取工場は数々の機関車を産み出したところ
でも忘れてはいけないのは

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墓場でもあるのです

でも、すべてはまた私の勝手な想像にすぎないかも知れませんね
なんぼなんでもそんな・・・


あの時の職員さん

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ほんとうにありがとうございました!



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非公開コメント

No title

この190は梅小路区なのでよく山陰本線で会いました。区の人の話ではあまり調子は良くなかったそうです。この時代の国鉄マンの方々は鉄好きな方々ばかりで本当に親切にしてくださいました。以前に書いたように乗せてくれたり色々話をしてくださったりと撮影以外でもお世話してくださいました。冒頭のC11のようなカマは各区によくありました。据付ボイラー代用といってC51だったりC55だったりしました。結構楽しみでもありました。庫に風呂場のあった時代だったんですね。今では女子もいるので・・・・・。

No title

そうでしたか、ありがとうございます

うー

SMやー
SMと京都市電「だけ」はまったく知らんので(糞爆)
キャブにドアがついたらそんなもんC59に決まってるやろ?
しごく、しごく、しごいて寝よっと

ええ話やなあ

不器用な優しさ、痺れるでよ。

ところで・・・
わんわん模型記事等で度々登場するランボードなる言葉、私は今の今までLANだと思い込んでいました。
ん? 蒸機にLANのはずは・・・と調べたところ、
うわああああああああ、RUNだがや!
人間が走り回るもんだったのかぁーー。

いやはや、自ブログでハジさらす前に気づいて良かった。
ありがとうございます。

わーい SM記事なのにコメントキタ〜(爆)

ダケ知らんねん いいながらキャブのドア〜?
よー知っとるやないけぇぇぇ〜
今さら言えんのはわかるけど、すきなんやろ? ん? SM
おいちゃんダレにも言わんから言うてみ〜

パパ ありがとーございます!!

犬も走るよ(爆)
ランボードは昔の呼び名、今では「ランボーさん」と言うようですね
LANの方は有線ランボーさんと無線ランボーさんがあるそうです
ちなみにランボーさんは機関銃撃ちまくってしごいて寝るそうです
これがシゴイネルワンゼンです
収拾がつかないので今日はこのへんにしときます

エエ話や!

お土産やお土産や!
と、西条凡児になっちゃいました・・・。
昔は良かったなあ。

今朝出がけにうちの孫が・・・

ってやつですよね
Cedarさん こんにちは
登場したC57の4次型は北海道と鹿児島・宮崎あたりの活躍が有名です。
もしかするとCedarさんのコレクションにもあるのでは、と期待してます
では、また見てもらいまひょ(爆)

間違い探しですかい♪

墓場の画像だけ時代が違う気が~(*´∀`)

チラリズムしているクルマと、ヂーゼル機関車のしゃれこうべで判ったナリ~♪ヽ(´▽`)/

わーい、思わぬ刺客ナリー(爆)

仰る通りでござります。83年の画像、カラーをモノクロ化しました
実際ここで蒸機を解体してたのか見た事ないんですが、DD51をバラせるんだからおそらくやってたんだろうなと・・・
DDヘッドはともかくクルマでバレちゃいますかー ミーミー

No title

はい此処で解体していました。かの有名なC51225も此処でした。竜華で馴染みの68652を見つけた時は大変悲しかったです。88638は梅小路からお役御免になったあと奈良に行って柳生号などに大活躍したカマでしたC574次形ではほぼ原型で特に九州ではドアーを外したりランボードを切り取ったりネジ式の逆転器になったりしていました。

No title

そうですか、ここで見られたことがあるんですね

No title

この頃は解体もユンボでムシャムシャではなく丁寧に手間をかけて解体していましたね。電車でもそうでした。大阪市電でも大量だったので手間がかかっていたようでタダであげる状態でした。解体現場を見ていたら今のようにムシャムシャと違い哀愁も感じられる風景でした。

No title

なるほど、そうですか

No title

国鉄時代の工場は工場ごとに専門の車種に分かれていたようで、関東では大宮工場は機関車中心で、電車も検修するようになったのは国鉄末期になってからです。大宮工場でも、当時、電車が初めて入場したのを見て驚いた、という話を聞きました。この「工場ごとの専門車種」があった中で、先日話題にした「73系電車の全金更新」は工事車両が多かったために各地の工場で工事が行われたので、従来電車に縁がなかった鷹取工場でも全金更新が行われた、というわけです。このように「電車に縁の無い」工場でも工事を行うことになったため、工事の流儀の多くを大井工場に仰ぐことになり、吹田工場以外の工場の車が多い工場流になったことや、その中でも個性が出たことの由来にもなります。

車両の解体は大宮工場でも行っていて、現在鉄道博物館が建っている大成の留置線や、その南の解体線で、1980年代から90年代に掛けて電車を解体していました。大宮工場で解体された最後の車は中央・総武緩行線の東中野の追突事故で長らく保留車だったクハ201-3でした。

鷹取工場その1の方に元阪和車型クモハ20103の情報を投稿したので、気が向いたら見てみてください。

ふたたび、ありがとうございます

原口さん こんばんは
趣味的にはそれら工場の個性で様々な形態が発生したため、深みにはまらざるを得ないことになっているわけですね(笑)
クモハ20103に続きこちらでも解り易い解説、ありがとうございました
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mosaosa

Author:mosaosa
みなさま
本日もご乗車
ありがとうございます!

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