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京福電車の思い出

吊り掛けの ひびきとけこむ 京の空

いいですねぇ
毎年秋になるとこの句を思ひだします。
この句の季語は「吊り掛け」ですが、京都で吊り掛けといえば、やはりポール電車でしょう。

叡山線

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どこかで見たカットですが・・デオ200。めちゃかわいい!!

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三宅八幡→八瀬遊園、モーターをうならせて登っていきます
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反対から下ってきました。手前では凧上げ、のどかです

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これは場所が ? です。お電車は元阪神のデナ500かな

嵐山線

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嵐山駅です。嵯峨野めぐりをする時は阪急の特急が桂に停まらないので、大宮からこの電車で嵐山に、というのが定番でした。この駅舎、いかにも京都って感じで好きでした
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流鏑馬のマトみたいな番線表示

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この電車を撮るのはやっぱココ・・てな感じの太秦(現在は「太秦広隆寺」だったっけ)です。

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広隆寺との取り合わせが定番。ここだけ路面ですが、嵐山側には専用軌道のSカーブも・・・
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しかしここ、来るのはいいのですが、ワタシの場合いつも休日なので帰りは混みすぎで電車に乗れません。
特に行楽シーズンはヤバイです
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駅で待つ人見てください。で、着く電車はすでに始発嵐山から超満員!

というわけで毎度阪急の西院まで歩くことに・・・。でも、仕方なくというよりは時折やってくる電車を撮りながらなので、さほど苦にはならず、ロケハンしてるつもりで歩いてました。

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行楽シーズンの休日は2両編成のオンパレード。全車動員されてるんじゃないでしょうか

名称未設定 15

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これは、板がついてません。応援で嵐山へいくのでしょうか
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その後ろ姿。やっばりこの電車はポールが似合います


途中から南へ下り阪急西院駅へ、その前に、
西院へ来たからには「二枚看板たたき」をしなくてはなりません

静かな時はいいのですが・・・

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河原町方面に回送がもぐっていきました。ごぉぉぉ・・ん、これは、今のやつの音? 何か来た? 
えーっどっちやぁぁ!!
来たがなぁぁー

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か、勝ちました! しかも運転士さんの起立前方注視付きなのでボーナス80点、圧勝ですわ!!


嵐山線は75年12月、鞍馬・叡山線は78年10月に
ポール集電は廃止されました。
それから撮影には行ってません
でもやっぱり
秋になると思い出します。

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山陽東二見車庫へ 【2】

地鉄様ブログ「吊り掛け電車をもとめて」から吊り掛け電車をもとめてお越しのお客様、はじめまして!!  
急遽写真を2割ほど増量(当社比)しましたので、できましたら・・・最後まで見ていただけるとうれしいです!

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山陽にも冷房車が続々と。伝説の「緑の風を入れましょう」のステッカーは、なくなってしまうのか・・・

1974年頃の東二見車庫

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あの200形などの機器流用、車長が短かいのに3扉の300形

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車庫は本線沿いなので頻繁に電車が通ります。そんなもの撮らなくてもすぐそこにいっぱいあるのに、何故か条件反射でシャッターを押してしまいます。
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撮らんでもええってー 失敗しとるし・・

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好きだったロクサン→700形から唯一更新の702+709。この電車、鉄コレにもなりましたね。
ちょっと奥さん聞いたぁー、これを何編成も買った人がいるんだって・・・プっ!
もちろんワタシも買いましたが、身の程知らずがベンチレーターを削るのを失敗したため東二見の放置車輛になってます。

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もっと失敗しとるし・・・

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さて、車庫を出たあとは外周ウォッチング。ワンワンさんレポートによりますと、ぐるっとまわってうまくいけば2506に会えるはずです。(ワンワンさんレポートは、えーーっと・・ここほれ→)しかし、レポから丸1年、果たしてまだ残っているのでしょうか・・・

北側のコンビニでおにぎり買って西へ行くとまずは2013編成がPCまくら木やらなんやかんやの向こうに見えます。もちろん写真を撮りましたがなんと、ワンワンさんレ(あーもう長いのでここから略して「ワレ」と書きます)と全く同じです。ここで写真をならべてもワレと同じなのでワレ見んかい! パンダのイスでツボったやないかワレェ〜〜! ・・・あれ、なんか言葉使いがおかしくなってきましたね・・ハハハ。

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3000系の非リニューアル車と3050系リニューアル車がいたので較べてみました
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両形式同様のリニューアルが進行中。なかなか精悍な感じです。乗ればわかりますが、車内が明るくワタシはこのリニューアル大歓迎です。こうして見るとガラス結構青いですね

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塗色はやっぱりオリジナルの方が・・・

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アルミの3000系が見えてきました。
そういえば前来た時もここに3601がいました
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ああーーあの頃にぃぃーー もーええかー

そしてこれは全く記憶がないのに家に1枚だけあったプリント。
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車で別府鉄道の帰りにでも寄ったのかも・・・

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ワレによると2506はこの向こうあたりにあるそうです。い?

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で、で、でてもた~かーちゃん~てへっ

ありました2506。赤帯はないもののステンレスの2506です。
ところが、ここもまた状況がワレと一緒です。
なので、よーさんさんよーの写真があるワレをご参照ねがいまーす。

この2506は先ほどのアルミカーと耐久力を比較するため同時に造られたものです。その結果、アルミが勝ったらしく、以後ステンレスカーは登場してません
しかしここに2種類残ってるってことは、まだ比較中?・・なワケないか

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西二見への道すがら直通特急を。時代はかわったなぁー

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せっかくの直通特急なのに行きも帰りも8000系ロング。
なんでクロスやめたんやぁぁぁーー

ところであのパンダ、おねいさんが座ると
絶対なんか、しでかすよな〜

山陽東二見車庫へ 【1】

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「電車撮影会は実施しておりません」とチラシに書かれているのに山陽の黒田官兵衛、阪神のたいせつなとこがギュッと(←マジで正確な名前がわかりません)ラッピングが並んでいました。
お若いファンの方なら「おぉ、やったー!」って感じでしょうね。
たしかに  カ、カコイイです・・・

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もちろん立ち入り禁止ですが、お電車とお電車の間にでっかいおっさんが入りこんでます。駅でこのおっさん見て泣き叫んでる女の子を見た事があります
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手前のコレは・・楽しそう
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奥にアルミ発見。去年のワンワンさんレポートから変化ないようでした
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庫内には5000系の直通特急網干行〜!
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3000系の急行〜!
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3200系の阪急三宮行特急〜!
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トラバーサに載せられた5000系の西代行急行! の幕部分だけ〜

幕で楽しませてくれる山陽さんの気配り素敵ですっ!
まるでワタシがくるのを知ってたかのようです・・・

そして
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大きなコドモさんの大好きなモケー 当然山陽車多いでーす
大きい絵が見た〜い~! というそんなアナタのために

・・・クセになるのでやめときますね〜、てへっ !

入り口近くの保存車206へ戻ってきました。赤い矢印のところになんかヘンなものが・・・
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実はこの206に会うのが目的の半分。
74年頃の訪問時は保存のための整備中でした。ポールではなく、パンタがついてます。

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この200形はワタシがごく小さい頃に引退してしまったようですが、かすかな記憶が残ってます。
乗る時、父に両脇をかかえてもらってホームからステップに、とか、
貫通ではない連結面で、だっこしてもらって左右に揺れる二両目を見せてもらったり・・・

とにかくここが安住の地。
「よかったね」とココロの中で声かけて
車庫を後にしたような憶えがあります・・・

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山陽東二見車庫へ 【序章】

一年前の今頃、とある有名ブログを読んでると、山陽電車東二見車庫にステンとアルミが残っているとのレポートがありました。(ついにリンクの仕方を覚えました、おっさんでもやればできます! えーつとコチラ→)アルミは知っていましたが、ステンの存在は知りませんでした。たった1両、それも中間車の2506のみ、しかしぜひ会いたい!  これは一刻も早く行かないと後悔しそうです。いてもたってもいられず、今年の10月に行ってきました。その日は、たまたま山陽 鉄道フェスティバルをやってました。
(あれ、コチラの色がかわってないぞ・・まいいか)

とその前に
東二見に降り立ったのは1987年以来、実に27年ぶりです。
27年前は何をしに来たかと申しますと・・・
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電車の部品即売会です。デパートでよくあるマグロ解体ショーみたいなもんですね。まわりに部品名がお経のように書かれてます。
そして、その内容はここ↓に書かれてます。

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涙出そうです・・・

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この5000系誕生によって1986年9月に旧型車が全廃。それ以降、山陽で吊り掛け電車をもとめることができなくなりました。

そういえば阪神でもありました。
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N特〜っ!!! 20年前のことです。場所は阪神パーク(泣)
こちらは行ってません

当日は日曜でしたが、当時会社員だったワタシは会社のヤボ用のため着くのがおそくなってしまいました
ひとつ聞いていい? 仕事と電車、どっちが大事なの?
・・・ケっ、愚問。

なのでもうこんなもんしか残ってませんでした

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なんだかわかりますかぁ?
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たまたま横に本があったので高さの比較をしてみました。
この本はB5サイズなので、その半分、高さ12~3センチってとこです
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三角柱です。上には数字、278と書かれています
あ、部屋が散らかっててすみません

正解はこの写真の中にありますが小さくて見えないと思います
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そこでそれぞれの運転台を拡大してみますと
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ちょこっと見えてるやつがそうです。運転士さんがこの電車は「普通」とか「特急」とか確認するためのもののようです。底に磁石付き。
どうせなら特急がほしかった・・・特急は確か赤字(わーいウチといっしょやー)だったと思います

さて

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どっからまわろっかなー

つづく・・・

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          結局わいは利用されたダケか・・・

あの方と・・・

本日、ある方と待ち合わせいたしております。初めてお会いするので緊張してます

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まずは各駅停車の直通特急で。5000系のぴゅーぴゅー音が好きです。
緊張してブレちゃいました。
待ち合わせ場所はココ、JR元町駅東口の
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すぐ横の阪神元町駅東口
そして、
わんわん殿、ご乱心来神〜!!

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通りを南へ下ったこの有名喫茶店へしけこみました
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着くなり上着を脱いで汗を拭うわんわん殿。今日は天気も良くかなり暖かい日でした
このタオル、ピカチューのパチモンかと思ったらなんと阪神電車でした。阪神で半身拭いておられます(爆)

ワタシはお酒飲めませんので
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コーヒーで乾杯! イェーィは、やりにくいので置いたまま・・

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店を出て写真を撮りまくるの図

短い間でしたが楽しかったです。ありがとうございましたー

なんとわんわん殿は一級犬でした(爆)。そんな彼が少年期、よく利用されたのが阪急武庫之荘だそうです。そこでお礼を兼ねてワタシの写真を少しばかり。ただ、ここで撮った写真のネガは、カビ、変色が特にひどいんですわーー。
必死でなおしましたが玄海が・・・とりあえずご覧ください。

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6000けーの6+2
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5200けー 奥の3両はたぶん5000けー

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6000けーの6+2 再び

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2300けー 看板掛け長っ!

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そして2200けー

ま た 遊 ん で ねーーー

クモニ83を少しばかり・・・

寒くなってきましたね。お風邪などひいておられないでしょうか。
こう寒くなると恋しいのはやっぱりあったかいもの・・
といえばアレですよね、ほら、コンビニなどで売ってる「おでん」!
「おでん」といえばはずせないのが「にでん」ですよね。
そこで本日はクモニ83の写真を少しばかり紹介させて、いただきまーす!

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皆さん御存じのようにクモニ83は63改造モハ72から改造されています(023~029はクモハ73から)。0番代と800番代があり、ここ大阪口では0番代が主に使われてました。もちろん湘南色でしたが、荷物輸送の廃止が近くなると、なぜかスカ色が混じりはじめました。800番代かと思いきや、0番代も。おそらく荷物輸送縮小で余剰になったもののうち状態のいい奴を持って来たと推測されます。EF62といい、この800番代といい山から降りて来た人たちで大にぎわいです。しかしそのにぎわいも国鉄末期の改正まででした。

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土山駅にて。右の線路は別府鉄です。いいなあこの跨線橋

そして低屋根800番代

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84年夏頃、上諏訪駅で見かけました。温泉駅の雰囲気、好きなんですヨ。
たぶん今はこんなことないだろうな・・・
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拡大しますと番号は807
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近寄りました。夏の日ざしはきついっすね
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8時ではないですが「あずさ」と

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815。JR西へ継承されたものの廃車になったそうです。吊り掛音炸裂 !
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85年頃は2両編成です。後ろは027、もとからスカだったのでしょうか
027は幸運にもクモハ84に再改造されて生き延びました
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拡大しますと屋根の高さが違うのがよくわかります

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これはスカですが2両とも0番代のようですね

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引退間近、六甲の山並を背にスカ800と湘南0番代
きたないけど拡大しますね
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なんかおっさんにストーカーされてる女の娘みたいです

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ヲタフクとクモニ併走、向かって来るのは61の荷レ。この時クモニ狙いで反対側にいたらと思うとゾっとしますね。
でもいいトリオですなー。

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         1986.10.31 20:30

最終日。最終上りの鷹取待避を。
MGの音、時々聞こえるコンプレッサーの音。そして20:30定刻発車
ここで聞ける吊り掛け音は今日で最後です
・・・・最後まで目立たない奴でした


アレェ〜、なんか今日は調子おかしいな・・・
ま、明日になったらいつものめちゃくちゃに
もどりそーなオカンがっ!

新快速三代記

イヌゲージ様からお越しのお客様、はじめまして! 海草です。
紹介していただいてからたくさんの方にきていただき、嬉しい悲鳴をあげております。
また、間違えてまた来てしまったたまにのぞいていただいてるお客様におかれましては

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と思われてるかと・・・

・・・ガンバリますので見捨てないでください  ネっ!!

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さて、前回、悪者扱いされたヲタフクちゃんですが、こうして見るとなかなかかわいい顔です。カクカク好きのワタシなのですが、117系は好きな電車でした。117系=新快速ですが、この形式は三代目。今回は117系新快速までの歴史を振り返ってみようと思います。

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スカです
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関東から万博輸送応援として送り込まれた113系スカ色、まずは「万博号」で関西デビューしました。
すんません、ちょっと脱線していいすか・・アカンゆうても無駄ですケド、背景にアサヒビールの専用ホームが見えますでしょうか。ワタシがこのガード下で靴磨きしとった頃、居たらしいんですヨ、加藤くんが!! 「何かおるわ」とは思ってましたが・・この時たしかちょこまか動いてたのをじーーっ ぼーーっと見とったアホはアホですわぁぁ、で、他の写真を拡大したら
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奥の貨車の前にちーさい奴、見える? 見えます? ああ、あの時、わいが(以下省略されました)

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スカ色113系は万博終了後も関西に残り、1970年10月、新快速としてデビューします。
この新快速、結構空いてました。そりゃあまっ昼間に1時間ヘッド、停まる駅は、京・阪・神(三ノ宮)のみですから、乗ってるのは「たまたまラッキー」な人かヲタです。しかし、この113系の新快速は心して乗る必要がありました、そのスピード感と振動です。ワタシには三大コワイがありました。1、初代0けーのトンネル内メキッ・ミシッ 2、関西本線キハ35快速 3、はコレです。2と3は「だ、だっせんするんちゃうんけぇぇぇー」というやつで、王子動物園のジェットコースターや鏡の家よりもはるかに怖かったですっ!・・ダレもしらんわっ

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つづいては二代目、153系ブルーライナー。いうまでもなく急行車輛のお下がりですが、それにタダで乗れるお得感は抜群。しかし本数が増えたので客が増え、座れないことも。
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被られて松海岸
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「あかつき」とバトル
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末期だと思いこんでましたが、「先頭車が非冷房ですので、これは初期です」とのご指摘をいただきましたので訂正いたします。(詳しくはコメント欄を見てください。「次は阪神国道 国道電車前です」様ありがとうございました!)
「湘南色サンド」うまそー byグヤ

そして117系の登場です

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公式試運転。余談ですが、ここでも大アカの「なんとしても被り隊」がスクランブル。あぶないところでした。

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試運転中。余談ですがここでも背後から大アカの「どーしても被り隊」が・・・

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神戸名物元町大カーブ

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元町カーブをこの位置から撮るのが好きでしたが、ひとつ問題が・・80年代ここで撮られた方はお気付きと思いますが、いちばんおいしいところにTVアンテナがどーんとあったのです。これはフォトショのおかげで解消されました。後にそんなコトができるようになると知っていれば、いろんな場所で、もーーっと撮ってたと思います

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はんきゅーちゃんと

そんな三代目117系で国鉄時代が終わり、やがて新快速から退く日がきました。四代目221系にバトンを渡しますが、ワタシは写真を撮っていません。

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      おつかれさまでした。


今年の7月、京都駅で偶然117系を見かけました

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やや色褪せて汚れ、少しやつれたように見えました。

あの頃のオタフクちゃん、 あんなにきれいだったのに・・・


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・・・・・・加藤くん それかい!

こんなはずでは・・・

悔やみきれない1枚

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72年は臨特客「しおじ」などが多数運転されており、運転日前日や終了直後は機関車回送のため上り急客「屋久島」が重連になることが多かったのです。しかしカメラを持って行くとEF58の単機(通常はコレ。ちなみに下りはなぜかEF61)牽引、撮れない時に限って58重連とかになってました。
この日は須磨駅東で待ち構えていましたが上り列車が遅れており、「まだ来やへんやろ、たまには西側へ行くか」と移動したのでした。しかし駅をすぎたあたりで来てしまったのです。大好きな65500しかもFと58の重連「屋久島」。あわてた様子は写真からも伝わるかも・・・

計算は苦手

所は加古川。駅近くのこの場所は、風景はもひとつですが加古川線に加え、高砂線(左の線路)も撮れ、駅発車直後なのでケムリも期待できます。貨物の少ない加古川線でケムリが期待できるのは駅発車くらいです。蒸機を撮るのには光線の他、風も計算に入れなければなりません。しかしワタシは算数が嫌いでした。
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C12発車~! 結構いいケムリぢゃん
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え、ええーーー!!! ちなみにバックしてるんじゃないですよ。
ケムリのカーテンが迫ってくるのがわかりますでしょうかー
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ああ・・・・
この日は確かに向かい風きつかったです・・・

団結

70年代は国鉄の闘争が激しかったですよね。至るところにはり紙、ペンキ、撮影に行かれ、「団結号」がきた経験がお有りの方もおられるかと・・
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いつもの踏切にも
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貨車にも、
まあ貨車ならまだ許せますが、
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これ、どう思います? このブログを読んでくださってる2〜3人のおっさん全国の皆様に問いたいです。
楽しい旅行のはじまりの特急列車にこんなん来たらテンションダダ下がりです。
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特急におフダ貼るなーーーっ!

そして定番、被られましたぁー!


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これは山陽本線須磨―塩屋間。スマシオです。いちおう有名撮影地です。
72年4月、C5794牽引のイベント列車が接近中ですが、ぴったりと青い奴が併走してます。(ワタシのも正面に電柱入ってますが・・・)この状況を見て笑いました。うひゃひゃぴったりコバンザメやー 海側のヒト ざーんねーんでしたぁー・・
なぜ笑ったかと申しますと、実はこの列車は何度か走っており、前回海側にいたワタシは全く同じ状況で撮れなかったのですぅぅぅ。で今回は山側で勝ち組です。そしたら
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思わぬ刺客にやられて松〜。たぶん笑ったバチがあたったんだと思います。
それにしてもよーこんな写真撮るわ・・

狙うはEF58牽引「あかつき」。遠目にHMつきを確認、「よしよし!」
その時です、目の前を茶色い奴が通過! 通り過ぎるともう「あかつき」は通過中・・orz
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(状況説明。「あかつき」は手前に、前を隠した73系は向こうへ走り去っていくところ)
さらによく見ると青い奴が「後ろも隠すでぇー」と虎視眈々と狙ってます。
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結局前後ともきれいに隠してくれましたー。
しかしこれは文句をいえません、茶も青も定時運行をし、たまたまここですれ違っただけのことで、こんなところで撮ってるワタシが悪いのです。叫んで罵っても仕方ありません。
いやぁいい勉強になりました。

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狙っていたのはEF58牽引の大ミハお座敷。引退し、あの「みやび」にバトンタッチする直前です。
会えるチャンスはもうほとんどありません・・
そこえ
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ちっとも勉強しとらへんやないかー

たぶんよまれてただろな・・・orz

1970年の高松・私鉄編

【前回のあらすじ】 
1970年7月、家族で行った四国高松。「いよ」は、まだだった。

この四国行きは一泊二日の家族旅行なので「大ボケデ撮リタ~イデス」と言ったところで行ってくれるワケもなく高松周辺だけでした。屋島と栗林公園の他はどこへ行ったか、どんなトコに泊まったかは全く憶えておりません。しかし国鉄高松駅と駅前のだだっ広い喫茶店でグレープジュースを飲んだことははっきり憶えてます。みなさんも「なんでそんなことだけおぼえてるんやろ」ってことないですかぁ。

高松琴平電鉄には、築港から2回乗ったようです。当時、地方私鉄にも興味があったら・・とたいへん悔やまれますが、写真は何枚か撮っておりました。ほとんど築港駅で正面からですが、前照灯や番号書体などが変わる前のようですので紹介させていただきます。ことでんにつきましては、時々コメントをくださるCedar様はじめ地鉄の神様や色々な方のブログ・HPを見させていただきましたが、まぁ皆さんのお詳しいこと・・・
ひょっとして何かの参考になるかも・・と、あの超有名ブログも見ましたが、ビールのブログにかわってました。
ワタシも「国鉄払い下げのVVVFで、もとはFS369を履いていた・・」とか専門的なことを書きたかったのですが「ことでん」の知識は無いに等しいので当店では電車の説明についてはセルフ・キャプションとなっております。

n/aさんが撮影場所を特定してくださいました。詳しくはコメント欄をどうぞ

ではお琴ねーさん、はりきってどうぞー!

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これは・・もしかすると850かも?

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つづいて1202。いい面構えしとるとです。これはなぜかカラープリントでも残ってました(ネガは行方不明)
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つづいて

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「なんかヘンなんキターッ」としかかけません。しかしダブルルーフでっせ、お客さんっ! 
これに乗って築港へ戻ったようです。撮影場所は屋島か栗林公園のどちらかです。そういえばケーブルカーにも乗ったような・・。
えっ もっとじっくり見たいって・・ちょっとだけよー
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これ・・・ほんま・・・なんともいえまへんなぁ

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築港到着ー。動くダブルルーフは他に別府鉄道のハフ7しか見た事ないです

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初めて鉄コレを買ってこれが出た時は「けっ、モワ51ちゃうやんけ、なんやコレ」って押し入れにほりこ運命的なものを感じ、一生の宝物になりました。
職業柄、6と2の間はもっと詰めたいです。ちょっと、ふなっしーに似てる?

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これめちゃくちゃええやんけぇぇぇー自分で自分をほめてあげたいですぅーなんちゅーても夏はこのUFOキャッチャーの足で窓あけて「う る さ いっ!」
・・・撮ったことすら憶えてませんでした。開いた前面の窓からして先ほどの62に乗ったようです。 
えっ 奥が見たいって?・・んもぅ・・
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300形の335   よい子の皆さん、さあ、つっこんでください。

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そして締めくくりは、ことでんおなじみのとこでんな


ああー後悔 て ん こ も り!


1970年の高松駅

夏休みで帰省する人、旅行に行く人・・いろいろな思いの人たちにまぎれて連絡船を降りたら、待っていたのは四国各方面に向かうディーゼル急行たち。カラカラカラ・・・ 音、匂い、独特の雰囲気・・・1970年7月、家族で行った四国高松旅行は、期せずしてワタシの「センチメンタル・ジャーニー」になりました。

神戸から初めて乗る181系特急「うずしお」で宇野へ。宇高連絡船でうどんを食べ、着いた高松駅で家族に「チョトマテクダサーイ」と言うが速いかカメラもって走りだします。こういう時のヲタは散歩に連れ出した犬の鎖をはずすようなもんです。
四国は当時特急がなく、急行が最上位。全線非電化なのでさぞかしSLもしこたま・・と思いきや意外と早く無煙化されてます。これが気動車天国と言われた所以でしょう。急行には愛称板がつけられてます。関西では「おまえは、えーと、但馬ぁ? みまさかぁ? みささぁ? 名札つけな誰かわからへんやろが!」でしたのでうれしいところです。

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まず出迎えてくれたのは「あしずり」。先頭(いやケツ最後尾)はキハ65です。小さいのでちよっと拡大してみましょう。
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キハ65-8、キハ58に似てるけど、やや低い屋根で短いスカート(あぁ)付き。いつも撮ってたここ↓で見た時、
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おぉぉかっこえぇー、これは急行気動車の革命か、これから全部これになるのかぁーよしよしと思ったものでした。しかし実際はハ客冷房の工作員だったようです。

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そして次は「うわじま」貫通ドア閉めてほしかったです。暑かったのでしょうか、クーラー積んでるみたいですが・・・今なら確実に故障ですが、この時期の気動車は「クーラー買ったけど、家、電気とめられてるの、うふっ」がよくあったそうです、そのために工作員ができたとか。

そして大好きな55系の「阿波」
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ちょっと拡大してみましょう
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正面から。あぁいにしえの急行・・・
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ちょっと拡大してみま・・・コラ、ちょっと待てェ 高松駅で4枚しか撮ってないのを隠そうと拡大して枚数増やしとんちゃうんかぁ? そんなことばっかりしとったらイ「ち が い ま すっ!」
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どーん キハ26-258、対特攻対置物衝突時衝撃吸収装置付きです。この「バンパー付き」は四国のご当地装備だったのでしょうか・・・他では見たことありません。
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バス窓初期車のこいつもついてないしー
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こいつにもついてません。フタ付きタイフォンが、でかすぎる気が・・・

さぁこれで短時間で西行きの「うわじま」南行きの「あしずり」東行きの「阿波」とゲット。あとなんかあったっけ・・そういえば「うわじま」系統で「いよ」ってなかったかな・・・・あーー!忘れてた「いよ」はまだだわ!
ん?

「いよはまだ・・」

IYO2.jpg

・・・なるほど、それで冒頭の文なのか 若い人は、しらんわー!!

※当時の四国の急行は他にもあります。ただ便宜上・・・

次回は高松「私鉄編」!・・・私鉄ってアレしかないやんか。
ま、そういうコトデンな








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