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あの頃の嵐電(京福)

モハメイド師匠が「狭い」ととりあげた嵐電山ノ内

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写真・モハメイドペーパー師匠 →記事はこちら

こんなのがあるのかーと驚いたが、ワタシここを2~3回歩いたことがある・・・
当ブログの右のカテゴリーに「京福電車(1)」というのがあったので、
「へぇー、コレなんだっけ」と見てみたら←オマエ大丈夫か(爆)
歩いた時の写真をならべていたものの、説明がなく順もメチャクチャだった

でも山ノ内と思われる停留所は写っていた

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ココ
撮影順からすればほぼ間違いない

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確かに異様に狭いが市電とかの停留所を見慣れていたため、その狭さに気づかなかったのかも知れない

それにしても

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たまらんなぁ~、こいつらもういっぺん見たいなぁ~

そして
その2~3コマ前に撮っていたこの写真

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場所は山ノ内から嵐山方の短い専用軌道を抜けた先で再び併用軌道に入るところ
行き先も何もない123号
次のコマはこれの後追いなのだが

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この場所に2008年、天神川駅ができたようだ
今の風景からすると信じられないが50年近く経ってるからなぁ・・・


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ポール集電では日本最後の新製形式で、この頃の最新鋭だった301
師匠が撮られた写真によるとオリジナルに近い色で現役のようだ
たしか一旦廃車になったが復活したように思う

モボ101~106はこの301と同様の車体で生まれ変わった
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5年ほど前に見た時、103はオリジナルに近い色だったが今はどうなんだろう
今、会いたいのは301と101形、かな

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せっかく(一部だが)沿線を歩いたのだから、もっとあちこちでじっくり撮るべきだったなぁ
来るのは古いやつらばかりだし、なによりポール集電だし・・・

来年だったか、新車を導入するらしい
目つきがおだやかなことをただ願うのみ



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懐かしの播但線へ 【溝口】

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福崎発車

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わが青春のSカーブを抜け、鉄塔が見えるとまもなく溝口


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実は福崎から溝口への前面展望がいちばん撮りたかったのだが予想どおり混んでおり、叶わなかった
2両だもんな・・・

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昼間はここで交換するようだ
電車は寺前まで。データイム姫路~福崎間はおおむね30分ヘッド
寺前から和田山はDCでガクッと本数が減るが、それが昔の播但線全体の運転本数みたいなものだ
現在、姫路から和田山まで直通するのは特急「はまかぜ」のみ

さて、溝口駅

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どこにでもあるようなフツーの駅
あの頃は跨線橋などなくホームの鉄板をあげて隠しアイテムの階段を出し、線路を渡る駅だった

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建て替えたのかそのままキレイにしたのかわからないが
たしか昔もこんな駅舎だった気がする
あの頃は親切に蒸機の時刻表を配布してくれてたりしたが、今は無人だ
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さりげないお願いが泣かせる・・・

私がこの駅にくる時は、主に2パターン
姫路9時42分発のDCで来ると、ここでC11の客レと交換する
なのであわててホーム端へ、それが上の3枚の写真

もうひとつは8時27分発のC57牽引631列車
あらかじめ一番前の客車に移動しておき、停まる寸前に飛び降り(爆)ダッシュして改札を抜け、福崎方へ走る
若くて、まだ運動神経が普通にあった頃だ
今、停まる前の客車から飛び降りたりしたら確実に捻挫・骨折、運がよけりゃ顔面打撲ってとこか
停車時間は時刻表記載のとおり30秒
うまくいけば

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このあたりまで来れる ハァハァ

失敗すると
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あ~~出てもた~っ

まぁだいたいは

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駅すぐのこのへんで妥協
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福崎側に踏切が見えていたので行ってみた
昔あったっけ・・・踏切
あっても警報機なしだろうし、線路はどこででも渡ってたから記憶にないのかもしれない

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ここらへんは

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デンコレンジの広告塔以外なんもあらへんかった
でも今みたいに立派ではないが同じ場所に鉄塔は並んでいた
右端の小屋は

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安全側線のつきあたりにあった
この駅にはもう1本側線があり、前回の福崎と同様に農協があったので昔は貨物の扱いがあったのかもしれない
その際の転轍小屋だったのだろう

踏切についた

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和田山側、左にカーブ

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たぶんこのあたりだ

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駅側 1つ先のポイントから左にのびる側線は昔、私がいる位置あたりから分岐していた
かつては上りホームをはさんで姫路側で合流していたが現在は踏切で途切れ、その跡地に上りホームへの出入り口が新設されている

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姫路起点13.5キロポスト、たぶんこの踏切のへんだな


そこから先へは進めないので駅へもどった

イコカをピッといわせ、跨線橋を渡って上りホームへ

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初めて見る景色(姫路側)
この景色から架線・架線柱・住宅を引くと・・・
この跨線橋があったら、たぶん撮ってただろうな


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・・・なんだか・・・

あの頃がまるごと
夢だったみたいな気がするなぁ


踏切の警報機が鳴り出した

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姫路行が来た、これで帰ろう
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懐かしの播但線へ 【福崎】

SL時代、私がいちばん通ったのは加古川と姫路だ
加古川・姫路機関区は現状を見たが、播但線には行ってなかった
 加古川機関区あと→
 姫路第一機関区あと→

実は何度か行こうとはしたものの姫路で日中見かける播但線の茜色103系はいつも2両で満員
それではかぶりつきも不可能、な、そうだろ(ダレに言うてんねん)
よく行った溝口~福崎間にはちょっとした峠越えがあり、並走する道路がない
当時はすべて線路内か線路脇を歩いたのだが、今そんなことは絶対不可
そこを見ようと思うとかぶりつく以外ないのだ

でも、
見たい! 
かぶりつきであそこを見たい!!


いったんそう思い出すと、もう誰にも止められない
というわけで姫路到着後すぐ、キハ58に駆け込んだ

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げっぷ(爆)

乗る電車は今や貴重な103系

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     ※今回撮り忘れたため、ほんの2~3年前の画像です

やはり2両の混み混みコース、ドア際で立って姫路出発
車内はワンマン設備がついた程度だが、外観はかなり変わっている
ふつうなら国鉄型にはとびつくところだが、前から見るとほぼ原型姿の和田岬のアレをよく見るためか、さほど感動はない

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その和田岬のアレ
話は少し脱線するが去年12月に入場、その間ずっと207系が代走していた
やっと出場して復帰、台車が明るいグレーに

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やっほー、まだまだ健在!! はうれしいが、

わしゃ黒がええ(爆)


考えたら高架になってから播但線で姫路を出るのは初めてだ
満員なので写真は撮れなかったが、次の京口をすぎ野里近くまで姫路城が見え隠れしていた
これは高架の恩恵なのか・・・
地上時代、城はほとんど見えなかった

意外と高架が長く続き、砥堀の手前で地上に降りた
砥堀といえば昔はホーム片側1本だけの無人駅、ほとんどの列車が通過していたが出世したもんだ
今回、この駅だったと思うがなぜか右側通行だった

仁豊野をすぎ香呂で前面にいた客が降りたので、すかさず移動
ダメなら帰りに賭けようと思っていたが
やったぁー 前面確保!!

なので
ここからやっと画像付きになります(爆)

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香呂発車
左に見える森は神社の杜らしい
坂を下りてくるC11を撮ったのは踏切のあたりだろう、信号機も見える

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腕木は香呂の場内信号と通過信号(たぶん)

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そして直線をとばすと懐かしい溝口駅が見えてきた
ずいぶん変わっちゃったなぁ・・・ってあたりまえか
帰りに下車してみよう

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というわけで溝口発車 ここから少しの間、家が途切れる

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おお~っ!!
このSカーブこそわが青春のSカーブや(意味不明)


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右下は畑、横からの構図では草で足回りが見えない欠点があった
草刈りしてぇ~、マサカリで草を!!
そしてつきあたり(画面右側)に池がある

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こんなキレイではなかったが・・・
いつも小さい魚アミ持参で暇つぶししてた(爆)

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全体像はこんな感じ、手前が溝口
和田山方面へはここまでが登り坂でSカーブがおわると直線の下りになる・・・とすると次駅の福崎からすれば姫路行きの列車は当然登りなのだが、もうもうと煙をはいてきた列車は見たことがなく、たいていこの写真のように煙はスカ
福崎からの平坦区間で十分飛ばして登ってくるからだろう

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それに比べて下りの貨物はこんな感じ、煙がなびかず真上に上がってる時は亀
姿を現してから私がいる所までワインダーがなくても撮り放題 

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ここまでたどり着けばほっと一息

さて、車内に戻ろう
直線の下りを転がる

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たぶんこの小さいカーブだと思うのだが・・・

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おお、これはドンピシャじゃなかろうか
山影がほぼ一致、当時は高速道路などもちろんない
覚えてるでぇー 46号機めっちゃ飛ばしとった・・・

福崎到着
だだっ広い駅前広場になり、時々カッパが出るようだが(地元民しかわかりませんのでスルーして下さい)なんとなく懐かしい

駅手前の踏切へ

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ここで94号機が入れ換えしてた

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駅に向かって右側の側線と左側の製材所 ? にあった引き込みがなくなってるが
他の線路は同じ
・・・懐かしいのぅ

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右側にあった側線

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左側にあった引き込み
木材の積み出しホーム?

入れ換えが済むと貨690レは発車していった

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駅を生野側から見ると右手に農協があり、左手には側線と貨物の積み出しホームがあったが、当然今はない(JAはあるようです)


溝口から歩き、少し早いがここから636列車で帰るというのが定番だった
C57牽引というのが何より魅力、この駅の待合室では最後のお楽しみにいつもワクワクしていた


やがて駅員が出てきてラッチに入り、帽子をキリッとキメて言った
「お待たせしました、49分発和田山行と50分発姫路行の改札をします」

いっせいに待合室の客が改札へ向かう

駅員は忙しく鋏を入れながらも一人一人に
2番のりば、橋を渡ってください 
ありがとうございます 1番のりば・・・と

当時どこの地方駅でも見られたこの光景、この瞬間が
私はたまらなく好きだった

誰もおらずカードでピッで「勝手に入ってね」ではなく
なんていうか・・・
自分たちが守る駅の誇りや威厳みたいなものが感じられた

では、ひと駅、溝口へ戻ろう

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変わる三宮

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神戸三宮の顔といえば

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ボウリング場ではない
そごう神戸店だ

そのそごう神戸店はあと1週間で

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阪急様の百貨店に変わる

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「神戸阪急」はもともと三宮駅の下にうなぎの寝床みたいな店があったが、神戸駅近くのハーバーランドに新規開店、しかし撤退して現在その名はない
こちらに写真アルヨ→
・・・出したはずだが、記事が探せなかったので再掲します
だいたいこのブログはカテゴリ分類がメチャクチャなのだ(爆)
しかし何の話に使ったのだろう・・・

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余談だがハーバーランドにはかつて「西武百貨店」もあった

外観は変わらないが懐古野郎としては「SOGO」時代の写真を残しておかねばならない
間際になると改装工事で覆われたらたいへん、と余裕を持って8月末に撮りに行った が

さあ、間違い探しをしてみよう
上が今年の1月、天気が悪かったので撮り直そうと思ったまま現在に至る(爆)

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すでにかなり消えていた・・・


小学校のころ、家族そろって神戸に来る時は決まって三越(今の西元町)~大丸~星電社~と歩かされ、最終地点がそごうの屋上遊園だった

その屋上にハタチをすぎた頃、ぶらっと行ってみたことがある

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デパート屋上につきものの望遠鏡はまだあった
何もない時代、超望遠の世界はまさにロマンだった
1回1分半、兄が1分、私は残り30秒 フマンだった
あの頃から10年以上経ち、ビルが増えたため景色はいいとはいえない
のぞく人はいたのだろうか

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屋上から北側 山麓にとんがり屋根の「うろこの館」が見える

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目の前には阪急三宮と国鉄三ノ宮
ちょうど上りの新快速が入ってきた

右下に見える建設中のビルはターミナルホテルだ

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ターミナルホテルはこの姿で最近まで営業していたのだが

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取り壊して建て直すそうだ(8月末撮影)
震災で倒壊した阪急三宮も高層になるので、駅周辺は激変する

しかしその中で、こんなものが・・・

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いつぞやも紹介したこの写真
下に4つ並ぶガードの左端の区画に穴があいている
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拡大した
この無数の穴はなんと機銃掃射の跡らしい
確かに通常鉄板にこんなに穴なんか開かんよな

ここにはターミナルホテルに向かう歩道橋ができ、アミのフェンスがあるが
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その向こうに今もそのまま残っている



今まで多くの写真を撮ってきたが、ほとんどが汽車・電車
街のうつりかわりを記録、なんてことはしてこなかった
なのでたまたま写り込んでる「そごう」を探してみた

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駅前はレンタカーだったっけ、駐車場ではなかったような・・・
メインで見えてる白い部分はたしか震災で全壊した
しっかり国旗も立っている、私にはデパート=旗 という印象がある
「大阪行一番速い阪神電車」
これが国鉄ホームからよく見えた

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これは当ブログで紹介したことがある はず
この時→
南側からだが唯一のカラー写真だ

そして神戸市電最終日
そごう前で撮りまくったネガを探してみたら

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あった!!

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あったぁーーー!!

旗も写ってる!!
しかもないと思ってた国鉄三ノ宮駅も写っていた!!

これだ、オレのさんのみや!!
そして、そごう



阪急が新ビル建てたらそこは何て呼ぶつもりなんだろう

阪神三宮=そごう 
名前が変わっても神戸の年寄りはいつまでたっても
「そごう」って言うにちがいない

それはいまだにJRを「国鉄」と呼ぶのと同じだ・・・



↑↑それはオマエだけ(爆)


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       なっつかしい〜のぅ〜〜〜(泣)



続・高砂界隈

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分岐へ戻ってきました。
今回は右の高砂線跡へ進みます
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転鉄テコやら転鉄ダルマが・・・
これ、ポイントマニアがガッチャンガッチャンしないだろうか
ま、そんな御仁おらんきゃ(爆)

進むと山陽との連絡駅「高砂北口駅」跡(高砂から0.6km)へ着きますが、その前に

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山陽高砂駅
高砂には元気な方が多いみたいですね

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その向いにはお店がならんでいます

この並びをナナメ裏から見ると

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もちろん裏を高砂線が走っていたためこういう並びに。
山陽高砂駅前建物群・・・世界歴史遺産に登録されるかも
ちゃり置き場が駅跡です

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通り抜けて振り返ったところ。すぐ右を山陽が走っており、ここから併走して進みます。

しかし、別府もそうですが播磨地区の線路跡が遊歩道で残っているのは鉄道の功績を讃えるため? それとも有効活用ができないため? どちらにしてもうれしいですが、前者だといいな

キレイな遊歩道を歩くと、ほどなく

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加古川へ
かつては私が立っているあたりから対岸へ高砂線の鉄橋がかかってました
山陽との併走、ここでぜひ見たかった・・・

高砂線は播但線と同時に無煙化、牽引機はほぼC11199でしたので、どうしても播但の方へ行きがちになってしまったのです。

でも鉄橋がらみの写真あります↓

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なに、コレ(爆)
姫路(播但)へ向う途中、山陽の車内から撮ったものデス。これ1枚のみ

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さて、対岸へ渡るには南の国道までいかねばの娘。わりと距離あります

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やっと橋へ。渡ります。
当時もあっただろう(2コ上写真のバック?)古そうな工場、最近はこんなのも好き

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この橋、大型通ると揺れるわ。コワ~!!

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川の東側は中洲があり、趣きが変わります

そして渡り切るとまたさっきと同じ距離もどらねば・・・
でも電車撮りながらだと楽しいでっせ

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・・・季節はいつなんですか(爆)

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そして鉄橋に到着、振り返ると

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小道が。進むと

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鉄橋が!!
川の東側は道として残っていました。架けられた鉄橋はそのままのよう、
遊歩道整備もありがたい事ですが、鉄としてはこの方が断然うれしい!

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途中、この場所で左に行く道は分岐だったそう。当時の航空写真でも線路のようなものは確認できますが詳細は謎。地元のほったさんも知らんとのことでした(ダレやねん!)

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線路跡が歩けるのはここまで、もうすぐ尾上の松駅。踏切から山陽の山側へ

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尾上の松駅到着~
しかしこのまま東へ進みます
線路は高砂線を越すため築堤へ
ここで何気なく撮った写真

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一瞬、5000系って運転台は鋼製なんか? と思いました。
確か5630は前回登場した神鋼前踏切で事故にあった車、逆光なので修理の痕が浮き出たのかも知れません。
しかしよくあの状態から復活したなぁ・・・

さて、高砂線交差部に到着

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これは以前にも登場。山陽車内から見たココ
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新幹線の架線柱が決め手になります

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山陽をくぐって
抜ければすぐ

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尾上駅

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ちょうど私が立ってるあたりです
ちなみに開業時は乗り越すお山のてっぺんに尾上の松駅があって国鉄尾上駅と連絡してたらしいですが、勾配のうえにカーブしており、停車するのが難しかったそう。ここは現在でも速度制限があるのか、特急はスピード落としてます

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近くに高砂線尾上駅のモニュメントがありますが、この車輪は縁が無い電機のものとちゃうのん?

東側をぐるっと回って尾上の松駅の南側にもどって来ました。

昔、ここで写真を撮ったことがあります

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初期アル美~カムバ~ック!!←3000ロス
これ、どのへんか定かではなかったのですが、このおばあちゃんを別角度から撮った写真を発見

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電車が写ってないので今までスキャンしなかったんだと思われますが、バックに写るのは尾上の松駅。
このあたり、みごとに畑でした

で、目的はもちろん

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     (゚´Д`゚)゚


貨物列車が着くと高砂駅はさぞにぎやかだったろうな
飛び交う職員の声、連結器の音、汽笛・・・



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あいつらが辿った道


また、歩きにこよう


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