FC2ブログ

懐かしの播但線へ 【溝口】

2002bm32.jpg
福崎発車

2002bm30.jpg
わが青春のSカーブを抜け、鉄塔が見えるとまもなく溝口


2002bm01.jpg
実は福崎から溝口への前面展望がいちばん撮りたかったのだが予想どおり混んでおり、叶わなかった
2両だもんな・・・

2002bm02.jpg
昼間はここで交換するようだ
電車は寺前まで。データイム姫路~福崎間はおおむね30分ヘッド
寺前から和田山はDCでガクッと本数が減るが、それが昔の播但線全体の運転本数みたいなものだ
現在、姫路から和田山まで直通するのは特急「はまかぜ」のみ

さて、溝口駅

2002bm03.jpg
どこにでもあるようなフツーの駅
あの頃は跨線橋などなくホームの鉄板をあげて隠しアイテムの階段を出し、線路を渡る駅だった

2002bm04.jpg

2002bm05.jpg

2002bm07.jpg

2002bm06.jpg


2002bm08.jpg
建て替えたのかそのままキレイにしたのかわからないが
たしか昔もこんな駅舎だった気がする
あの頃は親切に蒸機の時刻表を配布してくれてたりしたが、今は無人だ
2002bm28.jpg
さりげないお願いが泣かせる・・・

私がこの駅にくる時は、主に2パターン
姫路9時42分発のDCで来ると、ここでC11の客レと交換する
なのであわててホーム端へ、それが上の3枚の写真

もうひとつは8時27分発のC57牽引631列車
あらかじめ一番前の客車に移動しておき、停まる寸前に飛び降り(爆)ダッシュして改札を抜け、福崎方へ走る
若くて、まだ運動神経が普通にあった頃だ
今、停まる前の客車から飛び降りたりしたら確実に捻挫・骨折、運がよけりゃ顔面打撲ってとこか
停車時間は時刻表記載のとおり30秒
うまくいけば

2002bm09.jpg
このあたりまで来れる ハァハァ

失敗すると
2002bm10.jpg
あ~~出てもた~っ

まぁだいたいは

2002bm12.jpg
駅すぐのこのへんで妥協
2002bm14.jpg


福崎側に踏切が見えていたので行ってみた
昔あったっけ・・・踏切
あっても警報機なしだろうし、線路はどこででも渡ってたから記憶にないのかもしれない

2002bm15.jpg
ここらへんは

2002bm17.jpg
デンコレンジの広告塔以外なんもあらへんかった
でも今みたいに立派ではないが同じ場所に鉄塔は並んでいた
右端の小屋は

2002bm29.jpg
安全側線のつきあたりにあった
この駅にはもう1本側線があり、前回の福崎と同様に農協があったので昔は貨物の扱いがあったのかもしれない
その際の転轍小屋だったのだろう

踏切についた

2002bm18.jpg
和田山側、左にカーブ

2002bm19.jpg
たぶんこのあたりだ

2002bm20.jpg
駅側 1つ先のポイントから左にのびる側線は昔、私がいる位置あたりから分岐していた
かつては上りホームをはさんで姫路側で合流していたが現在は踏切で途切れ、その跡地に上りホームへの出入り口が新設されている

2002bm21.jpg
姫路起点13.5キロポスト、たぶんこの踏切のへんだな


そこから先へは進めないので駅へもどった

イコカをピッといわせ、跨線橋を渡って上りホームへ

2002bm31.jpg
初めて見る景色(姫路側)
この景色から架線・架線柱・住宅を引くと・・・
この跨線橋があったら、たぶん撮ってただろうな


2002bm22.jpg
2002bm23.jpg


2002bm13.jpg
2002bm11.jpg

・・・なんだか・・・

あの頃がまるごと
夢だったみたいな気がするなぁ


踏切の警報機が鳴り出した

2002bm25.jpg

2002bm26.jpg

姫路行が来た、これで帰ろう
2002bm27.jpg
 

スポンサーサイト



懐かしの播但線へ 【福崎】

SL時代、私がいちばん通ったのは加古川と姫路だ
加古川・姫路機関区は現状を見たが、播但線には行ってなかった
 加古川機関区あと→
 姫路第一機関区あと→

実は何度か行こうとはしたものの姫路で日中見かける播但線の茜色103系はいつも2両で満員
それではかぶりつきも不可能、な、そうだろ(ダレに言うてんねん)
よく行った溝口~福崎間にはちょっとした峠越えがあり、並走する道路がない
当時はすべて線路内か線路脇を歩いたのだが、今そんなことは絶対不可
そこを見ようと思うとかぶりつく以外ないのだ

でも、
見たい! 
かぶりつきであそこを見たい!!


いったんそう思い出すと、もう誰にも止められない
というわけで姫路到着後すぐ、キハ58に駆け込んだ

2001BF01.jpg
げっぷ(爆)

乗る電車は今や貴重な103系

2001BF03.jpg
     ※今回撮り忘れたため、ほんの2~3年前の画像です

やはり2両の混み混みコース、ドア際で立って姫路出発
車内はワンマン設備がついた程度だが、外観はかなり変わっている
ふつうなら国鉄型にはとびつくところだが、前から見るとほぼ原型姿の和田岬のアレをよく見るためか、さほど感動はない

2001BF35.jpg
その和田岬のアレ
話は少し脱線するが去年12月に入場、その間ずっと207系が代走していた
やっと出場して復帰、台車が明るいグレーに

2001BF36.jpg
やっほー、まだまだ健在!! はうれしいが、

わしゃ黒がええ(爆)


考えたら高架になってから播但線で姫路を出るのは初めてだ
満員なので写真は撮れなかったが、次の京口をすぎ野里近くまで姫路城が見え隠れしていた
これは高架の恩恵なのか・・・
地上時代、城はほとんど見えなかった

意外と高架が長く続き、砥堀の手前で地上に降りた
砥堀といえば昔はホーム片側1本だけの無人駅、ほとんどの列車が通過していたが出世したもんだ
今回、この駅だったと思うがなぜか右側通行だった

仁豊野をすぎ香呂で前面にいた客が降りたので、すかさず移動
ダメなら帰りに賭けようと思っていたが
やったぁー 前面確保!!

なので
ここからやっと画像付きになります(爆)

2001BF33.jpg

2001BF02.jpg
香呂発車
左に見える森は神社の杜らしい
坂を下りてくるC11を撮ったのは踏切のあたりだろう、信号機も見える

2001BF04.jpg
腕木は香呂の場内信号と通過信号(たぶん)

2001BF05.jpg
そして直線をとばすと懐かしい溝口駅が見えてきた
ずいぶん変わっちゃったなぁ・・・ってあたりまえか
帰りに下車してみよう

2001BF06.jpg
というわけで溝口発車 ここから少しの間、家が途切れる

2001BF07.jpg
おお~っ!!
このSカーブこそわが青春のSカーブや(意味不明)


2001BF12.jpg
右下は畑、横からの構図では草で足回りが見えない欠点があった
草刈りしてぇ~、マサカリで草を!!
そしてつきあたり(画面右側)に池がある

2001BF08.jpg
こんなキレイではなかったが・・・
いつも小さい魚アミ持参で暇つぶししてた(爆)

2001BF09.jpg
全体像はこんな感じ、手前が溝口
和田山方面へはここまでが登り坂でSカーブがおわると直線の下りになる・・・とすると次駅の福崎からすれば姫路行きの列車は当然登りなのだが、もうもうと煙をはいてきた列車は見たことがなく、たいていこの写真のように煙はスカ
福崎からの平坦区間で十分飛ばして登ってくるからだろう

2001BF11.jpg
それに比べて下りの貨物はこんな感じ、煙がなびかず真上に上がってる時は亀
姿を現してから私がいる所までワインダーがなくても撮り放題 

2001BF32.jpg
ここまでたどり着けばほっと一息

さて、車内に戻ろう
直線の下りを転がる

2001BF10.jpg
2001BF13.jpg

2001BF14.jpg
2001BF15.jpg
たぶんこの小さいカーブだと思うのだが・・・

2001BF16.jpg
2001BF17.jpg
おお、これはドンピシャじゃなかろうか
山影がほぼ一致、当時は高速道路などもちろんない
覚えてるでぇー 46号機めっちゃ飛ばしとった・・・

福崎到着
だだっ広い駅前広場になり、時々カッパが出るようだが(地元民しかわかりませんのでスルーして下さい)なんとなく懐かしい

駅手前の踏切へ

2001BF20.jpg
ここで94号機が入れ換えしてた

2001BF29.jpg

2001BF22.jpg

2001BF21.jpg
駅に向かって右側の側線と左側の製材所 ? にあった引き込みがなくなってるが
他の線路は同じ
・・・懐かしいのぅ

2001BF23.jpg
右側にあった側線

2001BF34.jpg
左側にあった引き込み
木材の積み出しホーム?

入れ換えが済むと貨690レは発車していった

2001BF24.jpg

2001BF25.jpg


2001BF30.jpg
駅を生野側から見ると右手に農協があり、左手には側線と貨物の積み出しホームがあったが、当然今はない(JAはあるようです)


溝口から歩き、少し早いがここから636列車で帰るというのが定番だった
C57牽引というのが何より魅力、この駅の待合室では最後のお楽しみにいつもワクワクしていた


やがて駅員が出てきてラッチに入り、帽子をキリッとキメて言った
「お待たせしました、49分発和田山行と50分発姫路行の改札をします」

いっせいに待合室の客が改札へ向かう

駅員は忙しく鋏を入れながらも一人一人に
2番のりば、橋を渡ってください 
ありがとうございます 1番のりば・・・と

当時どこの地方駅でも見られたこの光景、この瞬間が
私はたまらなく好きだった

誰もおらずカードでピッで「勝手に入ってね」ではなく
なんていうか・・・
自分たちが守る駅の誇りや威厳みたいなものが感じられた

では、ひと駅、溝口へ戻ろう

2001BF26.jpg

2001BF27.jpg


変わる三宮

20190922ss05.jpg

神戸三宮の顔といえば

20190922ss04.jpg
ボウリング場ではない
そごう神戸店だ

そのそごう神戸店はあと1週間で

20190922ss03.jpg
阪急様の百貨店に変わる

20190922ss01.jpg


「神戸阪急」はもともと三宮駅の下にうなぎの寝床みたいな店があったが、神戸駅近くのハーバーランドに新規開店、しかし撤退して現在その名はない
こちらに写真アルヨ→
・・・出したはずだが、記事が探せなかったので再掲します
だいたいこのブログはカテゴリ分類がメチャクチャなのだ(爆)
しかし何の話に使ったのだろう・・・

20190922ss24.jpg

20190922ss25.jpg

余談だがハーバーランドにはかつて「西武百貨店」もあった

外観は変わらないが懐古野郎としては「SOGO」時代の写真を残しておかねばならない
間際になると改装工事で覆われたらたいへん、と余裕を持って8月末に撮りに行った が

さあ、間違い探しをしてみよう
上が今年の1月、天気が悪かったので撮り直そうと思ったまま現在に至る(爆)

20190922ss08.jpg
20190922ss07.jpg


20190922ss09.jpg
20190922ss06.jpg

すでにかなり消えていた・・・


小学校のころ、家族そろって神戸に来る時は決まって三越(今の西元町)~大丸~星電社~と歩かされ、最終地点がそごうの屋上遊園だった

その屋上にハタチをすぎた頃、ぶらっと行ってみたことがある

20190922ss10.jpg

デパート屋上につきものの望遠鏡はまだあった
何もない時代、超望遠の世界はまさにロマンだった
1回1分半、兄が1分、私は残り30秒 フマンだった
あの頃から10年以上経ち、ビルが増えたため景色はいいとはいえない
のぞく人はいたのだろうか

20190922ss12.jpg
屋上から北側 山麓にとんがり屋根の「うろこの館」が見える

20190922ss13.jpg
目の前には阪急三宮と国鉄三ノ宮
ちょうど上りの新快速が入ってきた

右下に見える建設中のビルはターミナルホテルだ

20190922ss14.jpg
ターミナルホテルはこの姿で最近まで営業していたのだが

20190922ss15.jpg
取り壊して建て直すそうだ(8月末撮影)
震災で倒壊した阪急三宮も高層になるので、駅周辺は激変する

しかしその中で、こんなものが・・・

20190922ss16.jpg
いつぞやも紹介したこの写真
下に4つ並ぶガードの左端の区画に穴があいている
20190922ss17.jpg
拡大した
この無数の穴はなんと機銃掃射の跡らしい
確かに通常鉄板にこんなに穴なんか開かんよな

ここにはターミナルホテルに向かう歩道橋ができ、アミのフェンスがあるが
20190922ss18.jpg
その向こうに今もそのまま残っている



今まで多くの写真を撮ってきたが、ほとんどが汽車・電車
街のうつりかわりを記録、なんてことはしてこなかった
なのでたまたま写り込んでる「そごう」を探してみた

20190922ss19.jpg
駅前はレンタカーだったっけ、駐車場ではなかったような・・・
メインで見えてる白い部分はたしか震災で全壊した
しっかり国旗も立っている、私にはデパート=旗 という印象がある
「大阪行一番速い阪神電車」
これが国鉄ホームからよく見えた

20190922ss20.jpg
これは当ブログで紹介したことがある はず
この時→
南側からだが唯一のカラー写真だ

そして神戸市電最終日
そごう前で撮りまくったネガを探してみたら

20190922ss22.jpg
あった!!

20190922ss21.jpg
あったぁーーー!!

旗も写ってる!!
しかもないと思ってた国鉄三ノ宮駅も写っていた!!

これだ、オレのさんのみや!!
そして、そごう



阪急が新ビル建てたらそこは何て呼ぶつもりなんだろう

阪神三宮=そごう 
名前が変わっても神戸の年寄りはいつまでたっても
「そごう」って言うにちがいない

それはいまだにJRを「国鉄」と呼ぶのと同じだ・・・



↑↑それはオマエだけ(爆)


20190922ss23.jpg


       なっつかしい〜のぅ〜〜〜(泣)



続・高砂界隈

1801To03.jpg

分岐へ戻ってきました。
今回は右の高砂線跡へ進みます
1801To30.jpg

1801To43.jpg
転鉄テコやら転鉄ダルマが・・・
これ、ポイントマニアがガッチャンガッチャンしないだろうか
ま、そんな御仁おらんきゃ(爆)

進むと山陽との連絡駅「高砂北口駅」跡(高砂から0.6km)へ着きますが、その前に

1801To01.jpg
山陽高砂駅
高砂には元気な方が多いみたいですね

1801To02.jpg
その向いにはお店がならんでいます

この並びをナナメ裏から見ると

1801To04.jpg
もちろん裏を高砂線が走っていたためこういう並びに。
山陽高砂駅前建物群・・・世界歴史遺産に登録されるかも
ちゃり置き場が駅跡です

1801To05.jpg
通り抜けて振り返ったところ。すぐ右を山陽が走っており、ここから併走して進みます。

しかし、別府もそうですが播磨地区の線路跡が遊歩道で残っているのは鉄道の功績を讃えるため? それとも有効活用ができないため? どちらにしてもうれしいですが、前者だといいな

キレイな遊歩道を歩くと、ほどなく

1801To06.jpg
加古川へ
かつては私が立っているあたりから対岸へ高砂線の鉄橋がかかってました
山陽との併走、ここでぜひ見たかった・・・

高砂線は播但線と同時に無煙化、牽引機はほぼC11199でしたので、どうしても播但の方へ行きがちになってしまったのです。

でも鉄橋がらみの写真あります↓

1801To08.jpg
なに、コレ(爆)
姫路(播但)へ向う途中、山陽の車内から撮ったものデス。これ1枚のみ

1801To07.jpg

さて、対岸へ渡るには南の国道までいかねばの娘。わりと距離あります

1801To09.jpg
やっと橋へ。渡ります。
当時もあっただろう(2コ上写真のバック?)古そうな工場、最近はこんなのも好き

1801To10.jpg

1801To11.jpg

この橋、大型通ると揺れるわ。コワ~!!

1801To12.jpg

1801To13.jpg
川の東側は中洲があり、趣きが変わります

そして渡り切るとまたさっきと同じ距離もどらねば・・・
でも電車撮りながらだと楽しいでっせ

1801To14.jpg

1801To44.jpg

1801To15.jpg
・・・季節はいつなんですか(爆)

1801To16.jpg
そして鉄橋に到着、振り返ると

1801To17.jpg
小道が。進むと

1801To18.jpg
鉄橋が!!
川の東側は道として残っていました。架けられた鉄橋はそのままのよう、
遊歩道整備もありがたい事ですが、鉄としてはこの方が断然うれしい!

1801To19.jpg

1801To20.jpg

1801To22.jpg

1801To42.jpg

1801To40.jpg

1801To23.jpg
途中、この場所で左に行く道は分岐だったそう。当時の航空写真でも線路のようなものは確認できますが詳細は謎。地元のほったさんも知らんとのことでした(ダレやねん!)

1801To24.jpg
線路跡が歩けるのはここまで、もうすぐ尾上の松駅。踏切から山陽の山側へ

1801To25.jpg
尾上の松駅到着~
しかしこのまま東へ進みます
線路は高砂線を越すため築堤へ
ここで何気なく撮った写真

1801To26.jpg
一瞬、5000系って運転台は鋼製なんか? と思いました。
確か5630は前回登場した神鋼前踏切で事故にあった車、逆光なので修理の痕が浮き出たのかも知れません。
しかしよくあの状態から復活したなぁ・・・

さて、高砂線交差部に到着

1801To21.jpg
これは以前にも登場。山陽車内から見たココ
1801To28.jpg
新幹線の架線柱が決め手になります

1801To27.jpg
山陽をくぐって
抜ければすぐ

1801To29.jpg

1801To39.jpg
尾上駅

1801To31.jpg
ちょうど私が立ってるあたりです
ちなみに開業時は乗り越すお山のてっぺんに尾上の松駅があって国鉄尾上駅と連絡してたらしいですが、勾配のうえにカーブしており、停車するのが難しかったそう。ここは現在でも速度制限があるのか、特急はスピード落としてます

1801To32.jpg
近くに高砂線尾上駅のモニュメントがありますが、この車輪は縁が無い電機のものとちゃうのん?

東側をぐるっと回って尾上の松駅の南側にもどって来ました。

昔、ここで写真を撮ったことがあります

1801To37.jpg
初期アル美~カムバ~ック!!←3000ロス
これ、どのへんか定かではなかったのですが、このおばあちゃんを別角度から撮った写真を発見

1801To38.jpg
電車が写ってないので今までスキャンしなかったんだと思われますが、バックに写るのは尾上の松駅。
このあたり、みごとに畑でした

で、目的はもちろん

1801To35.jpg

1801To34.jpg

1801To36.jpg

     (゚´Д`゚)゚


貨物列車が着くと高砂駅はさぞにぎやかだったろうな
飛び交う職員の声、連結器の音、汽笛・・・



1801To41.jpg

あいつらが辿った道


また、歩きにこよう


1801To33.jpg




高砂界隈

山陽伊保駅にやってきました。
ここからひと駅神戸側の荒井駅へ向います。

1801TIHO01.jpg
すぐに法華山谷川の鉄橋があります。
バスケットゴ〜ン! ですが、なかなかええ雰囲気
川を渡るため踏切から山側へ

1801TIHO02.jpg

1801TIHO03.jpg
山側は柵付きです。
次の踏切から南下すると

1801TIHO04.jpg
昔は伊保港だったそうですが今はちょっと南だそう。

ああ、白いコンクリがイマイチです。そこまで行けば良さげですが、至る所に無断立入禁止と書いてあり、たのも~!! と叫んだのにダレもいないのでやめました。(人、いてはるやないかっ)

1801TIHO05.jpg
しゃあなし望遠で・・・

波止? は白いコンクリではなく古い石積みの味のあるやつだと思ってたのですが・・・
昭和58年のカラーブックスで下調べして来たのが間違いでした(爆)

道路にもどり東へ。しかし南は工場の壁、線路は高い柵の一番ヤなタイプがしばらく続きます。
工場の壁が途切れたところに踏切があり、線路の南へ

1801TIHO06.jpg
ここは
1801TIHO07.jpg
キッコーマン踏切!!
もちろんあのキッコーマン、結構有名な踏切です

実は今回、その昔山陽の車内から見た引込み線の痕跡を求めてやって来たのです。
その引込み線は、キッコーマンのものだったようで、怪しいスイッチャーみたいな奴も見た記憶がありますが、当時は興味対象外。詳しい事は全くわかりません

でも、コレを発見!!

1801TIHO08.jpg

1801TIHO09.jpg
おそらく溝(でっかいコイがいた!)に小さい鉄橋がかかってたんでしょうね。
2カ所ありました。

1801TIHO11.jpg
踏切横のココはヤードに間違い無い!!

・・・と思ってたのですが(あなたも一瞬思ったでしょw)当時の航空写真を見ると、ここはもともと駐車場。右の道路あたりを走ってたようです

1801TIHO10.jpg
突き当たりのガードレールのあたりで先ほどの遺跡を発見

先へ進みます。
ここから荒井駅の向こうまで南側に大工場が並ぶ一大工業地帯

1801TIHO12.jpg
ここらへんも山陽に沿って引込み線が走っていたんだな・・・
ちゃんと見たかったなぁ

次の踏切はタクマ踏切
1801TIHO13.jpg
タクマはタクマをつくっている各種プラントなどを手掛ける会社のようです

1801TIHO14.jpg
その次は神鋼前。・・う〜ん、ぜってー怪しいよな(爆)
開業時はこのへんに駅があったそうです

1801TIHO18.jpg
荒井駅到着~
すぐ前が工業地帯なので当然乗降客が多く、ラッシュ時には特急が停まります。

1801TIHO16.jpg
駅の下りホームからの地下通路入り口は懐かしい雰囲気

1801TIHO17.jpg
すぐ横に線路をくぐる地下道があり、定期客の便宜を計ってそこへの出入り口が。
しかし券売機はなく「切符買う人は北口へ」の貼り紙があります

1801TIHO19.jpg
これが北口

入ると上りホームへは円形階段。昔はよくあったなあ、懐かしす
1801TIHO20.jpg
でも今降りるとちょっとコワかったりする

1801TIHO15.jpg
この配線、怪しすぎ〜。絶対中線あったよね、コレ

1801TIHO21.jpg


さて、ここ荒井から次の高砂まで引込み線は続いており、途中からは国鉄高砂工場への引込みと合流しておりましたが、私はそのあたりを車内から眺めただけです。ずっと山陽に沿ってたと思いますが、いったん離れて寄り添ってきたような気も・・・
歩いてもたぶんわからんので高砂へ飛びます。俗にいう高飛びです

でもなぜか高砂工場はありまっせ→


で、ここは高砂

1801TIHO22.jpg
荒井方から電車がやってきました。さきほどのキッコーマンから続く専用線+高砂工場への引込み線はここまで山陽と併走、私が立っている道路へとカーブします。このあたりには古線路を使った柵などがありました。
この先は
1801TIHO23.jpg
線路跡の遊歩道が町の中へと進んでいきます。奥に腕木信号機が!!

1801TIHO24.jpg
先ほどの場所は左奥、右からは国鉄高砂線。ここで合流していたわけです
信号機の他、転轍機のテコなどが置かれてました
1801TIHO37.jpg
「すべての鉄路は高砂に通ず」とはよく言ったものです
(ダレが言うとんねん)

1801TIHO25.jpg
合流後はこの先にある「国鉄高砂駅」へ


1801TIHO29.jpg
じゃーん これが神々しい光に包まれた高砂駅!!
ド逆光なだけやんけー

1801TIHO31.jpg
高砂線のヌシ、加古川区のC11199

1801TIHO30.jpg

ええですなぁ、よいですなぁ、よかですなぁ・・・

客扱いはここまでですが、この先高砂港まで貨物営業をしておりました。
高砂線の貨物はローカルにしてはいつも長めでしたので、結構な需要があったのだと思います。

駅跡は現在、やや広めの道路になってます。その一角に

1801TIHO26.jpg
有名な梅ヶ枝湯さん

1801TIHO36.jpg
私が来た当時(ほんの45年ほど前)にはあった筈、おそらく前か横を通って目にしてると思いますが残念ながら記憶にないです。
今なら目を引くでしょうが当時は同じような建物が並んでいたわけだし銭湯は至る所にあったので気付かないのは仕方ないですね

1801TIHO27.jpg
でも、その中でよくぞ残ってくれたものです
それにしてもスゴイとしか・・・中はどうなってんの


1801TIHO33.jpg
近くには銀座商店街もあります

1801TIHO34.jpg
真ん中へんのモケー屋さんはにぎやか
モケー屋さんが健在だとうれしくなる今日この頃
しかしこのクソ寒いのにみんな夏みたいな服だな(いつ撮ったんや~ 爆)

1801TIHO35.jpg
商店街の途中からはこんな通りもありました

勝手な推測ですが、この界隈、鉄道に従事された方はかなりおられたはず。
鉄道があった頃は賑わってたのでは?

そして、お風呂屋さんは社交場だった・・・

1801TIHO28.jpg


あ、
そろそろ加古川行きが発車するようです
では

1801TIHO32.jpg

つづく


プロフィール

mosaosa

Author:mosaosa
見ていただき
ありがとうございます!!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
おこしやす
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: