続・高砂界隈

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分岐へ戻ってきました。
今回は右の高砂線跡へ進みます
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転鉄テコやら転鉄ダルマが・・・
これ、ポイントマニアがガッチャンガッチャンしないだろうか
ま、そんな御仁おらんきゃ(爆)

進むと山陽との連絡駅「高砂北口駅」跡(高砂から0.6km)へ着きますが、その前に

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山陽高砂駅
高砂には元気な方が多いみたいですね

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その向いにはお店がならんでいます

この並びをナナメ裏から見ると

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もちろん裏を高砂線が走っていたためこういう並びに。
山陽高砂駅前建物群・・・世界歴史遺産に登録されるかも
ちゃり置き場が駅跡です

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通り抜けて振り返ったところ。すぐ右を山陽が走っており、ここから併走して進みます。

しかし、別府もそうですが播磨地区の線路跡が遊歩道で残っているのは鉄道の功績を讃えるため? それとも有効活用ができないため? どちらにしてもうれしいですが、前者だといいな

キレイな遊歩道を歩くと、ほどなく

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加古川へ
かつては私が立っているあたりから対岸へ高砂線の鉄橋がかかってました
山陽との併走、ここでぜひ見たかった・・・

高砂線は播但線と同時に無煙化、牽引機はほぼC11199でしたので、どうしても播但の方へ行きがちになってしまったのです。

でも鉄橋がらみの写真あります↓

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なに、コレ(爆)
姫路(播但)へ向う途中、山陽の車内から撮ったものデス。これ1枚のみ

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さて、対岸へ渡るには南の国道までいかねばの娘。わりと距離あります

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やっと橋へ。渡ります。
当時もあっただろう(2コ上写真のバック?)古そうな工場、最近はこんなのも好き

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この橋、大型通ると揺れるわ。コワ~!!

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川の東側は中洲があり、趣きが変わります

そして渡り切るとまたさっきと同じ距離もどらねば・・・
でも電車撮りながらだと楽しいでっせ

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・・・季節はいつなんですか(爆)

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そして鉄橋に到着、振り返ると

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小道が。進むと

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鉄橋が!!
川の東側は道として残っていました。架けられた鉄橋はそのままのよう、
遊歩道整備もありがたい事ですが、鉄としてはこの方が断然うれしい!

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途中、この場所で左に行く道は分岐だったそう。当時の航空写真でも線路のようなものは確認できますが詳細は謎。地元のほったさんも知らんとのことでした(ダレやねん!)

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線路跡が歩けるのはここまで、もうすぐ尾上の松駅。踏切から山陽の山側へ

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尾上の松駅到着~
しかしこのまま東へ進みます
線路は高砂線を越すため築堤へ
ここで何気なく撮った写真

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一瞬、5000系って運転台は鋼製なんか? と思いました。
確か5630は前回登場した神鋼前踏切で事故にあった車、逆光なので修理の痕が浮き出たのかも知れません。
しかしよくあの状態から復活したなぁ・・・

さて、高砂線交差部に到着

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これは以前にも登場。山陽車内から見たココ
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新幹線の架線柱が決め手になります

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山陽をくぐって
抜ければすぐ

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尾上駅

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ちょうど私が立ってるあたりです
ちなみに開業時は乗り越すお山のてっぺんに尾上の松駅があって国鉄尾上駅と連絡してたらしいですが、勾配のうえにカーブしており、停車するのが難しかったそう。ここは現在でも速度制限があるのか、特急はスピード落としてます

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近くに高砂線尾上駅のモニュメントがありますが、この車輪は縁が無い電機のものとちゃうのん?

東側をぐるっと回って尾上の松駅の南側にもどって来ました。

昔、ここで写真を撮ったことがあります

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初期アル美~カムバ~ック!!←3000ロス
これ、どのへんか定かではなかったのですが、このおばあちゃんを別角度から撮った写真を発見

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電車が写ってないので今までスキャンしなかったんだと思われますが、バックに写るのは尾上の松駅。
このあたり、みごとに畑でした

で、目的はもちろん

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     (゚´Д`゚)゚


貨物列車が着くと高砂駅はさぞにぎやかだったろうな
飛び交う職員の声、連結器の音、汽笛・・・



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あいつらが辿った道


また、歩きにこよう


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高砂界隈

山陽伊保駅にやってきました。
ここからひと駅神戸側の荒井駅へ向います。

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すぐに法華山谷川の鉄橋があります。
バスケットゴ〜ン! ですが、なかなかええ雰囲気
川を渡るため踏切から山側へ

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山側は柵付きです。
次の踏切から南下すると

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昔は伊保港だったそうですが今はちょっと南だそう。

ああ、白いコンクリがイマイチです。そこまで行けば良さげですが、至る所に無断立入禁止と書いてあり、たのも~!! と叫んだのにダレもいないのでやめました。(人、いてはるやないかっ)

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しゃあなし望遠で・・・

波止? は白いコンクリではなく古い石積みの味のあるやつだと思ってたのですが・・・
昭和58年のカラーブックスで下調べして来たのが間違いでした(爆)

道路にもどり東へ。しかし南は工場の壁、線路は高い柵の一番ヤなタイプがしばらく続きます。
工場の壁が途切れたところに踏切があり、線路の南へ

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ここは
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キッコーマン踏切!!
もちろんあのキッコーマン、結構有名な踏切です

実は今回、その昔山陽の車内から見た引込み線の痕跡を求めてやって来たのです。
その引込み線は、キッコーマンのものだったようで、怪しいスイッチャーみたいな奴も見た記憶がありますが、当時は興味対象外。詳しい事は全くわかりません

でも、コレを発見!!

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おそらく溝(でっかいコイがいた!)に小さい鉄橋がかかってたんでしょうね。
2カ所ありました。

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踏切横のココはヤードに間違い無い!!

・・・と思ってたのですが(あなたも一瞬思ったでしょw)当時の航空写真を見ると、ここはもともと駐車場。右の道路あたりを走ってたようです

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突き当たりのガードレールのあたりで先ほどの遺跡を発見

先へ進みます。
ここから荒井駅の向こうまで南側に大工場が並ぶ一大工業地帯

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ここらへんも山陽に沿って引込み線が走っていたんだな・・・
ちゃんと見たかったなぁ

次の踏切はタクマ踏切
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タクマはタクマをつくっている各種プラントなどを手掛ける会社のようです

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その次は神鋼前。・・う〜ん、ぜってー怪しいよな(爆)
開業時はこのへんに駅があったそうです

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荒井駅到着~
すぐ前が工業地帯なので当然乗降客が多く、ラッシュ時には特急が停まります。

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駅の下りホームからの地下通路入り口は懐かしい雰囲気

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すぐ横に線路をくぐる地下道があり、定期客の便宜を計ってそこへの出入り口が。
しかし券売機はなく「切符買う人は北口へ」の貼り紙があります

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これが北口

入ると上りホームへは円形階段。昔はよくあったなあ、懐かしす
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でも今降りるとちょっとコワかったりする

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この配線、怪しすぎ〜。絶対中線あったよね、コレ

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さて、ここ荒井から次の高砂まで引込み線は続いており、途中からは国鉄高砂工場への引込みと合流しておりましたが、私はそのあたりを車内から眺めただけです。ずっと山陽に沿ってたと思いますが、いったん離れて寄り添ってきたような気も・・・
歩いてもたぶんわからんので高砂へ飛びます。俗にいう高飛びです

でもなぜか高砂工場はありまっせ→


で、ここは高砂

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荒井方から電車がやってきました。さきほどのキッコーマンから続く専用線+高砂工場への引込み線はここまで山陽と併走、私が立っている道路へとカーブします。このあたりには古線路を使った柵などがありました。
この先は
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線路跡の遊歩道が町の中へと進んでいきます。奥に腕木信号機が!!

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先ほどの場所は左奥、右からは国鉄高砂線。ここで合流していたわけです
信号機の他、転轍機のテコなどが置かれてました
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「すべての鉄路は高砂に通ず」とはよく言ったものです
(ダレが言うとんねん)

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合流後はこの先にある「国鉄高砂駅」へ


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じゃーん これが神々しい光に包まれた高砂駅!!
ド逆光なだけやんけー

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高砂線のヌシ、加古川区のC11199

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ええですなぁ、よいですなぁ、よかですなぁ・・・

客扱いはここまでですが、この先高砂港まで貨物営業をしておりました。
高砂線の貨物はローカルにしてはいつも長めでしたので、結構な需要があったのだと思います。

駅跡は現在、やや広めの道路になってます。その一角に

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有名な梅ヶ枝湯さん

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私が来た当時(ほんの45年ほど前)にはあった筈、おそらく前か横を通って目にしてると思いますが残念ながら記憶にないです。
今なら目を引くでしょうが当時は同じような建物が並んでいたわけだし銭湯は至る所にあったので気付かないのは仕方ないですね

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でも、その中でよくぞ残ってくれたものです
それにしてもスゴイとしか・・・中はどうなってんの


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近くには銀座商店街もあります

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真ん中へんのモケー屋さんはにぎやか
モケー屋さんが健在だとうれしくなる今日この頃
しかしこのクソ寒いのにみんな夏みたいな服だな(いつ撮ったんや~ 爆)

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商店街の途中からはこんな通りもありました

勝手な推測ですが、この界隈、鉄道に従事された方はかなりおられたはず。
鉄道があった頃は賑わってたのでは?

そして、お風呂屋さんは社交場だった・・・

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あ、
そろそろ加古川行きが発車するようです
では

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つづく


関西本線 王寺駅 2

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雨は小降りになってきましたので道路橋の上へ

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架線で駅が見えにくいのは仕方ない。右側の山々が見えないのがちょっと残念ですが、想像してたよりは昔の雰囲気が感じられました。
懐かしいです。

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件の列車「柳生4号」は晴れた日にリベンジ

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和歌山線に入るイベント列車。人満載です

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和歌山線に入る貨物列車

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そして、この道路橋の東側ですが、あわてて撮ったピンボケ写真が1枚あるのみ

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これです。列車は和歌山線からの王寺行、左から右へ関西線をオーバークロス(ガードが見えている所)する近鉄田原本線のええ感じの築堤が見えてます

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現在の姿、架線が邪魔ですが昔とほぼ同じ

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車内から見たこのあたり。関西本線は前方のガードをくぐって左へ

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和歌山線は田原本線にいったんより沿って南下。この写真など田原本線の築堤に登って撮ってるのに
近鉄田原本線の電車写真は1枚もなし!!
もうここまでくると国鉄以外頑固にフィルム節約した自分をほめてあげたいくらいです(爆)

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罪ほろぼしにその築堤をやってくる近鉄を撮りました。
帰って写真見て気付きましたが、右側に黒いカタマリがっ!!
調べたらD51895とのこと、イベント三重連のトップに立ってた奴。
知らぬ間に懐かしい奴と再会してたようです

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来た道を戻りました


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先ほどの田原本線の電車が発車

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雨宿りした道路をくぐって築堤へと

駅にもどり橋上の中央口(って言うのかどうか?)から2・3番線へ。
4・5番線へ行きたかったのですが、とおせんぼされてました。夜やラッシュ時は知りませんが、昼間の発着はないのでしょう

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東側。電化=蒸機終焉間近の頃。まだ跨線橋は工事中です

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西側。決定的に違うのは跨線橋がないことでしょう

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なくなった跨線橋の上から

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その跨線橋の向こうから振り返って

いろいろ撮りたかったのですが、時間がなくなってきたのと3番線に当駅始発の普通が入線してきたため、あきらめました

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昔は5番線に和歌山線に入る貨物などがよく停まっており、機関士さんにことわって線路に降りたりして撮ってたっけ・・・

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あ、快速が来たようです。
これで帰ります
って晴れてきたやないけぇ~~!!

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関西本線 王寺駅

大阪天王寺から関西本線で東へ。奈良盆地に入ったところにある王寺駅へ久々に行ってみました

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大阪環状線西九条から乗って来た221系大和路快速を見送ります。

私がよく乗った頃の快速は天王寺を出ると王寺までノンストップでしたが、今は「久宝寺」に停まります。私は複雑な気分でした、だって久宝寺って昔は普通でもほとんどが通過するような駅やったんでっせ・・・
駅は竜華機関区・客車区・操車場をはさんで上り下りが大きく離れてました。
まぁ鉄的には絶好のロケーションなのですが。
その竜華も消え、跡地は再開発、かつての城東貨物線を改良したおおさか東線だかが分岐しています。変われば変わるもんですなー。
ああ天リウ・・・

でも河内堅上前後のトンネル鉄橋区間は、ほぼ昔のままでイイ感じでした

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河内堅上手前の上り線芝山トンネル横にはフタされてるけど開通時の旧トンネル跡も健在(このレンガ積みのタイプは珍しいそうです)、現在の穴上にスス跡が残ってるのもうれしい(下り電車から)
河内堅上の東、第四大和川橋梁はコチラを→

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私の頭上には当時なかった跨線橋とホーム屋根がありますが、東西両側とも線形や駅部分の配線は昔のままですので「架線がない」と思えば懐かしい風景です。
むこうの跨線橋も外観は違えど昔のままのを使ってる気がします。ただし2・3番ホームまでで4・5番ホームへは行けなくなってます

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ほぼ同じ場所から
和歌山線に入るC58牽引の貨物が発車するところ

当時の主力はキハ35系、普通と快速で全力疾走。スリルと快感を求めて好んで快速に乗ったものです。

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当然今の120km快速よりは時間がかかりましたが、とにかく速く感じたのは開け放った窓から聞こえるエンジンのうなりのせいかもしれません。


さて、私はこの駅から出たことはあるものの、両側にある近鉄を完全無視していたようです。フイルムがもったいなく汽車以外見向きもしなかったんだと思われます。他にもそんな場所がい〜っぱい、たとえば上のリンクにある柏原もそのひとつ、近鉄道明寺線を完無視してました。
なので当時はどんな電車が走ってたのか全く・・・
なげかわしい限りです

橋上駅となった王寺駅ですが、先ほどの跨線橋のところに地平の「西口」というのがあり、そこから出ました

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すぐ左に近鉄生駒線の王寺駅が

あれ? ここじゃなかったっけ昔の改札口!! 
出たトコに近鉄・・・なんとなくうっすら記憶にある感じでした。
昔は1カ所だった跨線橋のすぐ横というのもあやしいですが、断言できないのがなさけない

とりあえず駅沿いに東へ。かなりでっかいショッピングモールができてました。
そのわきにこぢんまりと

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近鉄田原本線の新王寺駅

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生駒線は2線でしたがこっちは1線のみ、
そのかわりこっちにはダルマが置いてあります

ああ、昔、両方とも撮っておけばよかった
絶対見てるはずなんです〜

さらに東にある構内を見渡せる道路橋へ向いましたが、なんと雨が降ってきました。最近雨男なのかも知れません。
そういえば昔、ここで降りる時はドピーカンかド雨のどっちか。今日も神戸はピーカンだったのですが、このあたりは地形上、雨が多いのでしょうか。
そういえば大和川が氾濫し、この駅の留置線で水につかった電車が大量に廃車になったこともありました

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新王寺に停まってた田原本線の電車が発車

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この2棟は確か昔もありました。すぐ裏をこの電車が走ってたのですね

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その建物の国鉄側から撮った駅構内

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左に田原本線の架線柱が見えてます

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もう少し進んで振り返ってみました

道路橋の下に着きましたが、雨が本降りに。傘もなくこの上に上がるのにはちょっときびしいので雨宿り。
通り雨のようなので缶コーヒーでも飲んでりゃそのうち止むでしょう

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新王寺行の電車がきました


実は私、昔、この下で雨宿りしたことがあります。しかも2回!!
またここで雨宿りするなんて思ってもみなかったなぁ


あれは・・・45年前か・・・

その時、D51の汽笛が聞こえました。
ここで撮りたくて来たのです、土砂降りですが濡れるなんて言ってられません
カメラをタオルでくるんであわてて上へ駆け上がりました

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ああ中津川

シグ鉄さんのトホホを見てましたら、他のブログ主さんが昔撮影した場所を訪ねるというおもろげなことをやっておられました。御自身は謙遜してパクリ企画とおっしゃってますが、全然そんなことはありませんよね。これはむしろ、すばらしいことではないでしょうか。
シグ鉄のトホホ鉄紀行、あの鉄はいま→

で、氏が訪れたのは中津川。なんでもクルマを高級車に替えて高速試験を兼ねてとのことですが、木曽川橋梁で狂喜最高速でも出すつもりだったのでしょうか。
中津川にはぬか屋さんの北恵那電鉄の記事に触発されてとのこと。
蒸機があった当時、私は中津川に2回行き、それも結構長い時間滞在したにもかかわらず北恵那電鉄を見に行かなかったのでそんな素晴らしきシーンもまったく・・・
ぬか屋さんをはじめいろんな方の画像を見るにつけ、めっちゃ後悔してしまいます

そして現在の中津川

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     撮影・シグさん

いやぁこの写真見た時、思わず叫びましたよ
うわあああああああココはアソコやないかああああ(糞爆)
道が線路沿いになる赤矢印の場所、
私が後部補機付の貨物の発車を撮ったトコです
そして青矢印のとこでシグやんはハンバーグを食べたそうです

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北側。   撮影・シゲちゃん

実はその時、下からだとモロ逆光なのでこの道路橋にも上ってみました。当然ですが今よりもっと見晴らしがよく、背景の山は感じがいいものの、すでに架線柱がありましたのでやむなく下で撮ったのでした。

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それにしてもシグさんの北側を見た写真に写るガードレールや欄干(でいいのか?)など、当時のままではないでしょうか。とするとこの橋の裏には未だ煤がついているかも・・・
そんなことを考え、43年前の懐かしいこのシーンを思い出しました。
シグさんには感謝です

期せずして当ブログの「現場検証」シリーズになりましたが「他人のふんどし」「木曽シリーズ」にもあたる今回、ジャンルに「パクリでGO!!」も加えておけばよかったですかね


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駅から見た今回の現場。
左端は留置線、始発になる名古屋方面行き70系が待機中
ひとりで山から降りてきたD51、その向こうに例の橋が見える


もういちど、あのころへ・・・


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