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ある記念入場券から

これは確かあの三重連の日に生野駅で買ったもの
あの三重連の日→

1812dsy01.jpg
おいおい、
オモテのど真ん中にハンコ押すかぁ~(爆)

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中身は山陰C57(11か)・舞鶴D51(499)・宮津9600・播但C57
4枚セットで100円!! 
えーと今、入場券って・・・120円かな?
ならば今なら400円ちょいってトコですか
でもこんなもん使う人はまずおらんでしょうからまる儲けですわな

ところで、ケースのダイヤ
これ、どこだ・・・?

1812dsy03.jpg

さぁ、アナタもいっちょうどーすか?




では私なりの考え
福知山管理局発行なら山陰スジでしょう
まずは列車番号
704D 546 228D 548 837・・・非電化で客レもあり
700台は福知山線絡みの列車(特急は除く)、500台は区間運転の客レ、800台はかなり長距離を走る客レ・・という私なりの知識を持ってますが、決め手は1002Dと1003Dと34レ。34レはおそらく寝台急行時代の「出雲」、ということは72年3月までの山陰本線で間違いないっ!

あとは区間と時刻です
おおっ1002Dと1003Dが交換してる。
山陰といえば「まつかぜ」だが、1003Dがあるということは2往復?・・・この時代の「まつかぜ」2往復もあったっけ・・・? 
34レが走ってるので午後の遅めから夕方か・・・。
区間は鳥取周辺かな


では答えあわせ
久々に時刻表を繰ってみた

しかしそんなん調べてどーすんねん

楽しいのう(爆)


手持ちでこの時代に合うのは1冊しかなく、列車番号にやや相違があるものの、ほとんど合致
とりあえず謎の1003Dの正体を調べると・・・

1812dsy05.jpg
「やくも」だ
・・・こいつの存在を忘れていた
伯備線の特急といえば、の「やくも」だが
この当時は大阪から福知山線経由の山陰特急、
車両はキハ181ではなくキハ82だ
(写真は宝塚駅の北側にて)

そして区間と時刻がわかった

1812dsy04.jpg

1002Dと1003Dが交換する駅(赤マル印)はおそらく「宝木」
この駅のことは憶えてないが交換駅・・・なんだよな

1003Dが先着、静かな駅は一気ににぎやかになる
カラカラカラカラ・・・
グリーン車2両を含む堂々の12両編成
食堂車内には忙しそうなおねーさんの姿
しばらくすると反対側からやはり12両の1002Dが通過、一瞬クィーンが並ぶ
と同時に1003D発車のタイフォン
両者のひときわ高いエンジン・ジョイント音が遠ざかると
またもとの静けさ


ええのぅ・・・・


45年ほど前の私はこんな想像ばかりしてました
ちっとは勉強せえよ

ああ、すっきりし・・・
いや、これは問題だ
すぐ名前が出てこなかったことは、いささかショック

1812dsy06.jpg

忘れちゃいかんよな






さて、ここからは当時の列車に興味のある方のみ
お読みください


登場人物の紹介 ( )は私の持ってる時刻表との相違

704D=益田・大社発大阪行急行「だいせん2号」
これ、益田発車時はわずか2両、大阪到着時はなんと12両!!
546=益田発西舞鶴行普通
うへっ、長距離じゃん!
500台と800台は受け持ち区の違いなのかな?
2603D=上井発宇野行急行「砂丘」(2613D)
スジの右上りは偶数番号の上りだが鳥取から因美→津山線に入るこいつは奇数番号
調べたら津山線の津山→岡山は下り、へぇー
伝説のタブレット急行「砂丘」、昔は宇野行だったのか
1002D=博多発京都行特急「まつかぜ」(福知山経由)
米子まで6両、米子から京都までが12両
1003D=新大阪発浜田行特急「やくも」(福知山経由)
米子までが12両(当初は基本7+米子落とし2の9両)
こちらはG車2両連結なので「まつかぜ」とは共通運用じゃないです
34=浜田発東京行寝台急行「出雲」
急行時代っす 72.3で特急になるっす
548=鳥取発豊岡行普通
この位の区間走行が500台だと思ってた
837=京都発浜田行普通
京都発903、浜田着は夜中の020。絶対ケツ痛いよね
401D=金沢・名古屋発急行「大社」米子・大社行(宮津・小浜線経由)
有名な急行だが始発駅を知らなかった
名古屋発は進行方向がコロコロ変わりそう
721=大阪発出雲市行普通
大阪発537 出雲市着1930 ケツいてまうよね
6708=出雲市発大阪行臨時急行「だいせん3号」(6712)

※大社は出雲市から3駅、今は亡き大社線の終点
※上井(あげい)は現在の倉吉
倉吉についてはこちらもど~ぞ→


あ~、楽しかった(爆)




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国鉄特急「うずしお」

そりゃ国鉄の「うずしお」も出さんとあかんでしょ
そりゃそうよ(爆)

1804uz01.jpg

しかし、もうすでに出したような気もするが・・・ま、いいか

国鉄の特急「うずしお」は大阪(新大阪)から宇野を結ぶ本四連絡特急。
1961年、東京発宇野行「富士」の間合いで誕生したそうです。その後新幹線開業によって「富士」の東京大阪間は廃止、残りの宇野までを「ゆうなぎ」として運転。よんさんとおで「うずしお」に改名し、3往復体制になります。

1804uz03.jpg

私は1970年に四国旅行で「うずしお」に乗車。初めて乗る国鉄特急電車、そりゃもう興奮しました
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車両はいわゆるこだま型151系→パワーアップして181系。新幹線ができるまでは花のお江戸から大阪へ、新幹線開業後は大阪から西へと大動脈をささえてきました(うずしおの一往復は485系)

1804uz04.jpg
なんといってもクロハが魅力。山陽筋ではパーラーカーまでの需要がなく半室ハに改造したようですが、これを含め先頭から3両がグリーン車。(「しおじ」と共通)

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2両目から狭窓が並ぶ様は壮観。この時点では食堂車とビュッフェもアリマス
たまらんのぅ

1804uz10.jpg
         交通公社時刻表1970年8月号より
 ↑こういうの見はじめると時間を忘れるから始末が悪い(爆)


1804uz06.jpg
そして忘れちゃいけないのが狭軌最高速度記録を讃えたチャンピオンマーク
クハ181の3と4につけられてました

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1804uz07.jpg
バックミラーも装備。
追い越しや車線変更時には心強いよな(爆)


西へ西へと追いやられた151(181)系、
新幹線岡山開業で「うずしお」は役目を終え廃止になります。

そして車両は大部分が上越特急「とき」へ活躍の場を移しました


ところでよく見ると上の写真のクハにもチャンピオンマークぽいのがついてますが、

1804uz08.jpg
塗りつぶされてます。 ああ、なまめかしいくちびる

なんで? ←こういうの調べだすと仕事しないから始末が悪い(爆)




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