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続々 聖地 宮原

あらためて空撮を見た私は、叫んだ
う、うそやろ・・・マジか・・

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給水塔と転車台の場所
まちがえとった(爆)


前回のトコ、そりゃ何もないわ
もっと新大阪寄りやないか~!!

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しかし・・これ(爆)

第3部 

かくして3たび宮原へ向かった

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操車場は広い。新大阪方へ行くならJR新大阪駅、尼崎方は前回の阪急三国駅、そして中央部は阪急南方駅からという3つの行き方が考えられる。
これを宮原のトリプルアクセスという。がんばれ、若者に負けるな!
なに言うとんねん!

今回は中央部なので阪急京都線南方駅からピンポイントアターック
スーパー玉出の前を通って少し進むと

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あった~!! ああ立派だわ(爆)

んで転車台は・・・

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うわ、

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あるわ

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あるやないかーーー!!

ドコか他に撮れるトコないかいな

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これが精一杯、でもツーショット!!

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やや小ぶりに見えるが、C62やC59もこれに乗ってたのだろうか?
福知山線の蒸機はおそらくこれでクルクルしてたのだろう

ブログの画像や空撮では線路が繋がってたのだが
今は切られて完全に用済みのようだな


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いっ!! あれ・・・給水塔?

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おいちょっと待てよ、ほんならこのでかいのなんやねん
あ、銘板がある なになに・・・

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大阪鉄道管理局~♪
1234トン(笑)
竣工 昭和47年

昭和47年!!
汽車おらんがなっ!!
転車台の近くやからてっきり・・
くそー ダマされたがな ←俗にいう「自爆」

さっきの給水塔のあたり、おそらくあそこらへんがホンマの駐機所なのだろう
だがブロック塀があるので全くみえない

さて、転車台、
もういちど見ておくか
他の方転にも使うけど「昔、汽車がいました」の生き証人やし
・・・生きてないけど


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新幹線や構内を移動する電車の音を背に
この場所は時の流れが止まっていた
おまけに時計も止まっていた、今は昼過ぎだ

こっち側から見る職員いないから差し支えないか

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こんどこそ

もうええよな





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続・聖地 宮原

1963年の空撮がある。1963年というと東海道・山陽本線の蒸機はないにしても福知山系統の蒸機はあったはず。なのにガントリーも見当たらなけりゃ庫らしきものもなく、構内のはずれに転車台
転車台は比較的最近の空撮と同じ場所にある・・・このあたりが機関区だったのだろうか?

宮原機関区といえばかつてはゴハチ(蒸機時代は知らない)

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現在の配置は工臨や網干訓練でおなじみのDD51とDE10のみ

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「宮」が誇らしげだ
宮原常駐のPFもいるが下関所属機で時々入れ替わっている

やはり転車台見た~い!! 
あわよくば機関区も見た~い!! なんかおるやろ
よーし、もう一発行くか

第2部

かくして2回目の訪問となった。
向こうの果て(尼崎側)へ行きたいので今回は阪急宝塚線三国駅から向かう。阪急三国は30キロ制限のカーブを解消するためかなり前に高架になってるが、なんと高架下に踏切やら信号機が残っていた。
「もっと近づけるトコないやろか~」と歩き進むうちにそれらはなくなってしまったので写真はない ←戻れよ!!

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宮原に通じる北方貨物線の踏切に到着
なんかケバいのが走っていった

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尼崎方面を見る、この先には阪急神戸線の交差橋がある。以前当ブログでやったのを覚えてる方はたぶんおらんと思うのでもういちど3枚掲載
記事が読みたいお客様はこちらでございます→

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宮原方面を見る。ここを進むと

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今いるこの踏切がある
ここから宮原はすぐそこに見えている

次の踏切へ進むとそこはまさに操車場の出入り口だった

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左の穴みたいなとこへ進むのは北方貨物線、妙にそそられる(爆)
北方貨物線は尼崎の近くから新幹線の下を走り、新大阪で在来線に合流するバイパス、この線があるおかげで大阪駅を貨物が通らなくてすむ
そして右に広がるのが宮原操車場、北方貨物線は宮原や向日町に出入りする回送ルートでもある

うわ、踏切が鳴り出した!!

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始発の大阪駅へ向かうサンダーバード発進!!
前はこれだが、どうせ後ろはあののっぺり顔、イラネー

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でも阪急様が来たから撮ろう(爆)

え、まだ踏切が鳴ってるぞ

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サンダーバード帰還、ここはトレーシーアイランドなのか
しかし、どうもこの顔、好きになれんのぉ

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でも阪急様が来たから撮ろう(爆)

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さて、探検に行くか
探検といっても
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外からのぞくだけだが・・・

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見えるのは223ばっか・・・
機関車らしきものも全く見えん

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給水塔と転車台はたしかこのあたりのはず
それらはおろか、線路さえもない

・・・なんもあらへん

やっぱり撤去されたんか、そりゃ使い道ないもんな
覚悟はしてたが、いきなりゲームオーバーやな・・・

そうとわかりゃ進んでもしゃあない
ここからなら十三までそう遠くない
かわりに阪急様でも撮って帰ろう♪

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・・・トレーシーアイランドマンション?


結局、コレといった収穫がなかった
まぁ、全く知らんトコに昔を求めて行く事自体が無茶だわな

70年初頭の宮原はどんな光景だったのだろう
ひっきりなしに行き交う列車たち・・・
ここから旅がはじまり
そして終わる

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聖地・宮原 完




それにしても常駐してる機関車たちはいったいどこにいるのだろう

あらためて最新(といっても4~5年前)の空撮を見た私は、
とんでもないことに気づくのであった
こりゃまだおわらんぞぉ〜!!(爆)

第2部 完



聖地 宮原

私が国鉄優等列車に興味をもち、時刻表の見方を覚えた頃、ある疑問がありました
それは新幹線がある(新大阪止め時代)のに上りの急行の一部が大阪止めになっていること
いくら大阪で降りる人が多いとはいえ新大阪は次の駅、しかも回送ルート上やないか。新大阪まで行けば絶対便利なのになんでやろ・・・

向日町にでっけえ基地があることは知ってました。なので全て車両基地は向日町だと思っていたのです。
だってフツー車両基地って線路に沿ってあると思いますやん、まさか舞台裏みたいなトコがあるとはお釈迦様でもわからんでしょう

で、それが宮原操車場
客車区・電車区・機関区などもある名門区だったのです

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簡単適当に位置関係を図示するとこんな感じです

存在を知ってから宮原は向日町と並んで私の中では「聖地」となりましたが、今まで一度も行ったことがありません
おそらく止まってるやつより動いてるやつを撮るのが精一杯、そのうち優等列車が大量に廃止になったからだと思います
後年、「みやび」が在籍した半年間だけは行く気満々でしたが、私の休日と「みやび」のお休みがあわず、行かず終い
そして再び長いブランクの後、たまたまブログで「転車台と巨大給水塔が残ってる」という記事を見つけたので「行ってみっかリスト」に入れたものの、それからはや数年・・・

第1部

なぜか足が痛く、岸辺から電車に乗った日、新大阪で降りて有名な歩道橋へ向かった

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うわーっすごい!!

逆光で、なにも見えねー(爆)

確かに広いな、これが宮原か
右の高架は新幹線、私は鹿児島方面を向いている

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大阪へ上り向きで入った大阪止めは左の線路を背後からやってくるようだ

右側が客車区だな

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ス ッ カ ス カ やん

そりゃ客車は「なにわ」と12系1本しかおらんもんな
ずっと昔は旧客や寝台で埋まって、1枚目の大照明の下、昼夜問わず活気があったのだろう

「向こうの果て(尼崎側)」へ行きたいが、行ってもたいしてええもんなさそう、223とサンダーバードしか見えんし

そうや、巨大給水塔は・・・

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左の線路沿いにあるはずだが、それらしきものは見えない、
きっと解体されたんや
あのブログにはトワイライトや「あすか」が写ってた、だいぶ日は経ってる
こりゃ用のない転車台もたぶん・・・

とにかく足が痛い
一応見たから、とりあえず帰ろう

第1部 完


えーっ!!
なんやこのブログ~(爆)



大阪の色

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今週でなくなるんか・・・オレンジ色

最近、乗る機会がほとんどなかったけど、そこまで減ってたとは
「新型に置き換えま~す」言うたら一気やな
令和始まって1ヶ月、もう葬式か・・・

でもオレは俗にいうところの「葬式鉄」ではないと思う
なぜなら

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この電車、201系にはあまり興味がないのだ

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黄緑バージョンはまだまだ健在だし

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今は張り上げ側面に大窓
申し訳ないが、元がどんなのだったかも覚えてないくらい興味の対象からハズれている。
こいつらがまだ水色の時、毎日通勤で使ってたのだが・・・

323系増備完了により「オレンジ色」が引退
ということは大阪ぐるぐるラインから201系が引退
で、いいんだよな

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んじゃこいつはどーなる、やっぱ引退なんか? 

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なかなかええラッピングやん、UFJ(爆)

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ぎくっ!!
UFJはギンコーですよね、すみません

デコのステップがコワすぎる・・・


今回、見に来たのは「色」だ
色といえば山陽復刻バンザ~イ ←ハイハイ、それはまたにしようね


ではあらためて

今回、見に来たのは「色」なのだ

以前にも書いた気がするが、汽車撮り少年時代「茶色」から「みかん色」に乗り換えて着く大阪は結構遠かった
行き交うオレンジ色を見ると「ああ、大阪や~」と思った

天王寺や奈良に向かう時や

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聖地へ向かう時

いつもトキメキながらオレンジに乗った

そんな大阪駅も フツーの駅になっちまう


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ずっと「オレンジ色」と書いてるが、少し赤みがかった「オレンジ色」
順光だとキレイなのだが、逆光気味だと予想外にドス黒く写る・・・この色を狙ったのは初めてなのでいい勉強になった

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勉強にはなったがそれが活かされることはないだろう


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ああ、

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大阪や


吹田機関区 1枚の写真から

涙をぬぐいながらJR岸辺駅についた

続きなんかー(爆)

なんか知らんが足が痛い(泣)
しゃあない、阪急様の正雀のぞき見は中止してもう乗ろう。
もともとJRに乗る予定だった・・・というのは約50年前の吹田機関区の写真があり、現在と比較したかったからだ
それはこれ

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青春国鉄編にも載せたやつだが、これ1枚しかない
しかも曇天下で走行中の列車から撮ったものなので甚だ不鮮明なのだが、私にとっては蒸機がいた頃の国鉄エキスがぎゅうっと凝縮されたうまみたっぷりの1枚なのだ(他に言い方ないんか?)

しかし、すいたなのに電車は混んでおり、昔の撮影場所あたりではドアの分厚いガラスごしにこっそり撮るハメに・・・だって車内でパシャパシャやったら
鉄ヲタみたいやん

次の吹田駅で客が動いたのでドサクサにまぎれて後ろにへばりついた

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左端の築堤は城東貨物線

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ちょうどこのあたりか

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振り返るとこんな感じ
登っているのは先で本線を跨ぐため
つまり

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こういうことデス
なお写真の右側へ進むと新大阪からの新線、おおさか東線(だっけ)と合流する。新大阪からそれに乗るとなんと阪急淡路駅の近く、JR淡路駅(だっけ)に飛べるのだ
愉快ではないか(いや、言ってる意味が・・・)
こんど行ってみよう♪

さて
家に帰って写真を検証してみた

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その場所を撮れてたのはなんとか2枚
残念ながら少し角度が違うが比較してみる

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左端の検修庫とノコギリ屋根の工場が決め手
昔写真のノコギリ屋根はガントリークレーンの向こうに見えている

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そのガントリーの前にはD51

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どうやらナメクジのようだ
ドームのあたりがぬるぬる(違っ)
吹田のナメクジはデフなしと聞いてたが・・・
見えにくいが後ろにつながってるやつもそれっぽい

蒸機末期の頃にこんな魅力的な奴らがいたのか
じっくりと訪問するべきだった・・・

吹田の無煙化は71年春
用済みになった蒸機たちは灘貨物駅の東端に束になって疎開留置されていた
電車で通る際は必ず見ていたが、行かずじまい
ナンバー、ロッドがはずされた姿はあまり見たくなかった

その左側には

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2両の旧客。右のはどう見ても車体が短い

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左のは拡大したら37 2が読める
この2両、職員輸送に使われていたというスヤ(当時の配置表ではマヤとなっている)37-2とオヤ30-4でほぼ間違いないだろう

そしてその奥には
EH10やEF60・65がてんこもり

どうでしょう
美味かったですか?(爆)



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「吹」現在の配置は貨物用EF66と210(1回目訪問時)

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国鉄末期には宮原→吹田に転属したPFもいた

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もちろん
キミたちもつい最近まで
そうだったんだよね



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ありがとうございます!!

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